第8話 告白
廊下の足音に拓実たちは体を強張らせた。この世界に自分たち以外には誰もいないはずだ。クラスのみんなはそれぞれの場所で奮闘しているはず。別の七不思議の登場人物が歩き回っているのだろうか。足音は複数の人間のものに聞こえる。
「あれ…藍紀達いないね。」
廊下から聞こえたのは愛花の声だ。拓実は止めていた息を吐きだした。
「こっちだぞー!どうしたんだよ。」
確か愛花達は「墓石」担当だったはずだ。何かあったら教室集合と言っていたのにどうしたのだろうかと拓実は思った。
「会えてよかった。あのね…。」
説明しようとした愛花はそこで言葉を切った。華恋たちに囲まれている女の子を見つけたのだ。愛花の言っていた予想がどんぴしゃで、咲良は感動すら覚えた。卒業式に着るような袴をきている女の子は、きっと賢介が待っていた花香だ。
「俺たちは、自分たちの教室戻るか。」
瞬間的に空気を読み、声掛けをする藍紀に逆らうものはいなかった。しかし教室を出たところで、愛花が足を止めた。中には届かない程度の声で、囁く。
「悪いとは思うけど、誰かがきちんとこの七不思議が浄化されたか確認するべきだと思う。何人か残った方が良いよ。」
確かに…みんなが足を止めた。ここでうまくいかなかった場合、また何か別の方法を考えなくてはいけない。誰が残るか、という話になった時全員が手を挙げた。
「だって…気になるじゃん。」
ほとんど声を出さずそう口を動かす華恋に向かって、咲良は激しく頷いた。世の中に芸能人の熱愛報道が溢れているのはこういう人間心理があるからだなと、咲良は身をもって実感した。
結局全員残ることになった。こんなことなかなか体験できない。背徳感がすごいが、好奇心に抗うことができなかった。廊下で教室の壁にはりつき緊張した面持ちで耳をそばだてた。はたから見ると異様な光景だ。6年生の10人が真剣な顔をして壁に背中をつけ見えもしないのに教室内に熱い視線を注いでいるのだ。
咲良はごくりとつばを飲んだ。
「ごめんね…私が待っててって言ったのに…。」
「いや…俺もちょっと離れたところに行っちゃってて…。」
ああ、まどろっこしい!!でも、こういうのが良い!と咲良はぐっと手を握る。沈黙が流れる。握った手の内が汗ばんできたのを咲良は感じた。どんな言葉をお互いかけるのだろうか。ストレートに「好きだ」?「付き合ってください」?それとも…再び教室内から声が聞こえだして、咲良は暴走する自分の思考を止めた。
「中学…賢介は私立行くんだよね。帰国子女枠だっけ。」
「まあ、そうだね。英語ぐらいしか俺取りえないから。」
何の話をしてんだよ、と拓実はじれったくなった。この調子で雑談が続くのだろうか。これで本人たちの気持ちがすっきりするのならそれで良いが、告白したかったのではないのか。
「英語できるのは格好良いよ。発音もめっちゃいいもんね。何か英語で言ってみてよ。」
拓実はため息を漏らした。完全に休み時間のおしゃべりモードだ。ロマンティックなムードから遠ざかっていっている。「早く言うべきこと言えよ」と教室にいる二人に伝えに行こうかと少し壁から背中を離した拓実を、首を振って愛花が止めた。もう少し様子を見ようということらしい。
「それ、よく言われるけど難しいんだよな。突然何かを言うって。」
「なんでも良いよ。私の今後の英語の勉強のモチベーションのために!」
「それでモチベーションあがる?」
「同い年でもこれぐらいできるっていうのがわかると、ちょっと頑張れそうじゃない?」
机が少し動く音がした。賢介が照れ隠しで頭でもかいているのだろうか。
「ほらほら、挨拶でも良いよ。」
花香はもう会話を続けられるのを喜んでいるだけのように聞こえた。ここから告白モードに軌道修正するのは、至難の業だと咲良は心配になった。
「じゃあ…。」
「頑張って聞き取るわ。」
花香は楽しそうだ。賢介の息を吸う音が聞こえた。
「"I love you."」
自分が言われたわけではないのに、流ちょうな発音で発せられた愛の言葉に咲良は顔が赤くなるのを感じた。思わず両手で頬を挟む。目線を横にずらすと、他の女子も同じことをしていた。なんだこれ、顔のニヤニヤが止まらない。男子は声には出していないが「おお~」と感心しているようだ。
「そ…そんなの…。」
「き、聞き取れた?本当に思ってることだよ。」
「うん…嬉しい。私も。」
教室の中から目を開けているのがつらい程のまぶしい光が溢れた。咲良達が慌てて教室の中を確認すると、花香と賢介の姿はなかった。
「よし、七不思議二つ、浄化完了だね!」
愛花が手を合わせて嬉しそうに言った。
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