最終話 『真なる歌は、我が名と共に』 その6
その問いにジーンは、長い脚を組み替えながら間を取る。翼将としてなってから完成させた技術の一つだった。感情を落ち着かせるために、この動きと、それによって作られる時間を使う。
……脚を組み替えるのを咎める者は少なかったから。
「時間稼ぎして、嘘を混ぜるなんてことはしないでくださいよ」
……その作戦を読まれている相手以外には、咎められることはなかった。
「大丈夫だよ。嘘はつかない。ただ……楽しい記憶じゃないからね。自分でも、覚悟する必要がある。とくに……今は、『ラウドメア』の脅威が過去じゃない。差し迫った脅威だ」
「ええ。ですが、容赦してあげる余裕もありませんので。さあ、話してください。あの悪神を封じた戦いは、どうやって始まったんです?」
「パーティーの余興に呼ばれた吟遊詩人たちの歌と同じだよ。彼らは、少しばかり演出過多だが……あの朝。オレたちは、少数だった。『歌喰い』のせいで記憶からも奪われた戦士たちの数を含めても、極めて少数。しかし、皆が怒りと覚悟と使命感に燃えていた」
「『ラウドメア』が、北方諸国を荒らしたから……」
「そうだ。恐ろしいことに、怒りの原因となったであろう『痛み』についても、覚えていないところがある。『歌喰い』に、丸ごと喰われたんだろう」
「多くの悲劇さえ、悪神に奪われているんですね」
「ああ。底なしに悲しい事実だな」
「それでも、怒りはあったんですね。『痛み』のせいで生まれる感情は、その理由を失っても燃え盛った……」
「我々から、あの悪神は奪い過ぎていたんだよ。もしかすると、オレたちは尊敬できる偉大なリーダーや、誰もが涙せずにはいられぬ、悲劇の美女を失ったばかりだったのかもしれない。あの時の怒りは、自分を見失わせるほどに激しかったんだ」
「……少数で、悪神との決戦に挑むほどに、怒りは大きかった。それで、どのように始まったんです?」
「沿岸部の街に『ラウドメア』が向かっていた。オレたちは、それを待ち受けていた。あいつが上陸するときに、呪いを刻んだ矢と魔術と……フィーエンの火球が放たれた。海を沸騰させて湯気を出させるほどの熱量だ。爆音と、衝撃と……そして、悲鳴が始まる」
「悲鳴……」
「かなりの威力だったが、止まらなかった。『ラウドメア』は、山のように巨大だかな。呪いの矢と、魔術を放った左翼の部隊が襲われた。一気に防衛線が突破されていくのが見えた。隊列を組む意味も、すぐになくなったんだ」
「英雄たちでも、一瞬で……」
「たくさん死んだ。『歌喰い』の力に呑まれて、覚えていない戦士もいるが……かなりの数だろう。だが、それでも怯まなかった。『ラウドメア』が入江に侵入するのを見計らい、古い船を突っ込ませた。あいつは、船に抱き着き、砕いたが……狙い通りだ」
「油を仕込んでいましたか」
「ご明察。油の染みた帆に、船倉には錬金術師が作ってくれた着火剤に松脂に鯨油にと、とにかく、それを浴びた『ラウドメア』に火をつけた。というか……」
「周囲一面が、炎の海になったわけですね」
「ああ。想像以上だった。容赦もしなかったし、余裕もなかった。知恵も少しばかり、足らなかったかもしれない。勇敢さは、そういう副作用をもたらしがちだ……とにかく、炎の海のせいで、『ラウドメア』も動きを緩めた。その隙に態勢を整え直し、殺されながらも攻撃を続けた。オレたち自身が放った炎に焼かれて死んだ者も出たよ」
「焼死した方は、覚えているんですね」
「『歌喰い』の力ではないからな。あの力は、『ラウドメア』の意志が伴ってこそ機能する力なのだろう……」
「……なるほど。『歌喰い』の権能にも、範囲がある。条件がある……悪神にも限界は、ちゃんとあるわけですね、やはり……」
「賢い君がそういう捉え方をしてくれることは、心強いね」
「気休めでなく、自信ですよ。勝てますから、私たちならば。かつてのように」
「そうだな……」
「続きを」
「……大勢が死んで、『ラウドメア』にも重傷を負わせた。そこからが、作戦でもある。フィーエンが誘い出すように、海へと出た。呪いを刻んでいた島があったからな。それを、踏ませる。呪いで動きを緩ませたら、島に用意していた油や火矢で攻め続けた。それが尽きる頃には、村にいた部隊も壊滅している。そして、『ラウドメア』は動き出す。次の島に」
「……っ。島にいた戦士たちは……」
「死んだね。それに、『ラウドメア』に追いついたオレたちも、次から次へと死んで行った。休ませずに攻め続ける。それは、とても正しい作戦だったが……実際、『ラウドメア』を相手にやるには、過酷が過ぎた」
「……壮絶ですね」
「まさに、そうだ。オレたちの血や肉と、燃え盛る炎。悲鳴に怒声に、破壊の音……想像するだけで、恐ろしい。震え出しそうだよ」
「震えては、いませんね」
「覚悟が決まっているからね」
「怖い傾向です。犠牲に頼らず、勝つための方法を知りたい。続きを」
「……死にながらも、『ラウドメア』を攻め続けた。島から島へ、ときおりは陸にも上がり、海の上でも火矢を放ち、魔術を何十、何百と撃ち込んだ。『大量の犠牲を出して』、バルケネイ島へと到達した。こちらの作戦の通りに」
「正真正銘の、最終決戦の場ですね」
「そう。決着の場だ。『ラウドメア』は小さくなっていた。だから、『肉』を求めた。自らを補おうと、戦士たちに飛び掛かり、積極的に喰うことを望んでいた。オレの腕は、もしかしたら、そこで喰われたのかもしれない。記憶も、存在ごと奪われているが……とにかく、『ラウドメア』は与えられたダメージを補うため、食欲を最大にした」
「……追いかけられたんですね、多くの戦士が」
「そうだよ」
「……『作戦の通り』に」
「もちろん。残酷な作戦ではあるが、効果的だ。死にかけていた戦士たちが、囮を買って出てくれた。溶岩に、向かったよ。夜のなか、赤く輝きながら流れる溶岩……地獄だった。そこでも大勢が死んだ。喰われたり、溶岩で溺れながら消し炭になったり……そして、最後の戦士たちとフィーエンだけが残った」
「……封印を、したんですね。どうやって?」
「呪術を使った。島から島に移るときに仕掛けていた術で、呪いを刻み付けていた。動きを封じる呪術……基本的な呪術ではある。しかし、それに注がれた魔力は、過去最大だろう。多くの術者が命の限り魔力を注いで……フィーエンまでもが大量の魔力を使った」
「動きを止めて……」
「溶岩のなかに落とした。燃えながら、暴れようとしたが……無理だったな。ヤツは燃え尽きながら沈んで行った。それでも、気配が残っていやがったとき……考えてしまった。『倒せないのかもしれない』などと。あと一押し、攻め切ることも出来ず……消極的な策として、何人かの術者が命を捧げ……封印の呪いを完成させた。溶岩に沈んだまま、『ラウドメア』は『止まった』。大地の深みに沈んでいくのが、分かった。気配は、わずかだが、残っていたものの……動きはなかった」
「封じたんですね」
「その後も、何年にも渡り、大勢が呪術を重ねるように施して、封印を確実にした。したと、思っていたが……違った」
「……ありがとうございます。かつて犠牲となった魂たちのためにも、より改善した作戦で臨みましょう。勝ちますよ、ジーンさん」
「もちろんだ。オレの『家族』は、絶対に守る。オレが、倒すと……言わせてくれよ、メリッサくん」
「……ええ。私たちで、倒す。こう言い返してあげますが、貴方の覚悟と愛情の大きさは、認めてあげますよ、ジーンさん」
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