夏恋

伊崎 夕風

【1】祭りの宵を待つ

 リビングの出窓の飾り棚から、どんよりした空を見上げて、皐月はため息をついた。

「そんな大きなため息つかなくても」

 隣のソファーで本を読んでいた姉の茜に苦笑いされて、皐月はぷう、とむくれる。

「だって、雨降って欲しくないもん」

「お祭りはまだ明日でしょ?」

「てっちゃんにりんご飴買ってもらう約束したのに」

 てっちゃんこと哲也は、二人の幼なじみで茜の2つ下の高校生二年生だ。小学6年の皐月からしたら周りの同級生よりもずっと大人で、カッコイイお兄さんなのだ。皐月の同級生で、哲也の従弟の凜人がしっかりダシに使われて4人で祭りへ行くことになった。哲也と茜は小学生二人の保護者として祭りに付き添うことになっているが、皐月の目当ては哲也である。


 哲也は中学までは同じ所に通っていたが、高校では電車の沿線が違った為、茜にとって、哲也に会うのもすごく久々だ。自分が大学に入ってからは見かけることもなくなって、かれこれ一年半くらい姿を見ていない。

 皐月はもっと幼い頃から、哲也のことが気になっていたようだ。全くおませな妹である。


「あの浴衣着て、てっちゃんと歩きたいの」

 去年まではずっと小さかった皐月は、あれよこれよという間に身長が伸びて165cmの茜と拳一つほども変わらなくなった。首の上についた顔が少し幼い感じがするので、その年齢特有のアンバランスさに、茜でも時々ドキリとする。


 窓の外を見上げて、もう一度ため息をついた皐月の横顔は、恋する少女のものだ。

「晴れるといいね」

 茜は頷いてまた窓の外に視線を移した妹に目を細めた。あのころの切なさや小さな胸を焦がした思いを、わたあめの甘い香りと共に思いだす。記憶の中に時々蘇るあの面影は、懐かしさと、ほん少しの痛みを連れてくる。



 履きなれない下駄のカラコロという音を立てて、皐月と茜は夕暮れの道を歩く。皐月はライラック色の綺麗な色の浴衣に青いスジの入った白い帯をお文庫に結んで。髪も大人っぽく結い上げてあげて飾りがゆらゆら揺れる花飾りをつけていた。着飾った皐月は、見てくれはすっかりお姉さんだった。せがまれて軽くポイントメイクだけしてあげたのだが、それがまた良く似合うので、本人も出来上がりにご満悦だった。私はといえば、母のお古の浴衣を着ていた。紺地に白の百合の模様の入った浴衣の柄は、当時のデザイナーがわざと古風なデザインに挑戦した物だと、母は言った。鮮やかな青の帯を締め、鮮やかな黄緑の細い帯締めを締めた。髪はふつうにお団子にして飾が揺れる簪を差した。

 哲也と凜人は公民館の前で待ってるという。2人がその姿を見つけた時、回りに何人かの女の子がいた。


 さっきまでご機嫌だった皐月の表情が曇る。

「さっちゃん、さっきまでの可愛い顔どっか行ったよ?」

「てっちゃん、モテるよね」

「うん、中学でも時々告られてたよ。モテると思う」

 気休めは言わない。

「大丈夫、私の方が可愛い」

 勇ましい言い方に、我が妹ながら呆れる。

 どこからその自信は湧いてくるんだ。

 私たちに気がついた凜人が、緊張した顔でこちらを見た。哲也もだが、茜から見ても凜人だってなかなかかっこいい部類の男の子だ。皐月のだしに使われても良かったのだろうか、と、周りの女の子を見て思う。

「こっち!」

 手を挙げて私たちに手を振ったのは哲也だった。見慣れた甘いフェイス、短髪だった髪がツーブロックになってたり、茜の記憶よりも頬の線がシャープな感じになっているので、大人びたな、と言うのが第一印象だった。それに声もずっと低くなった。

「おせえぞ」

 いつもと違う装いの同級生が照れくさいのか、不貞腐れたように言う凜人に

「ちゃんと約束の時間でしょ?」

 皐月がつんとしていう。周りにいた女の子は遠慮がちに、じゃあね、と離れていった。

 哲也の周りの女の子も同様だ。


「久しぶりだな、茜」

 余裕をかましたように哲也が笑う。

「清水先輩って言わないんだ?」

 からかい半分で言うと、

「もう先輩でもないし?昔からそう呼んでるじゃん」

 哲也は余裕で答えた。

「なあ、行こうぜ」

 凜人が歩き始めたので、気を利かせて、私が凜人の横を歩き始めた。

「ねえ、さっきの子達、友達?」

「友達って言うか、去年同じクラスだった女子」

「皐月は、学校で友達と仲良くしてる?」

「ああ、学級委員だしな。世話してる子と仲のいい子の橋渡しも上手くやってるし」

「あの子が」

「逆らえないもんな、皐月には」

「大丈夫なのかな」

 少し不安になった。女の子同士とは、目立ったり少し出てる子はある日いきなりイジメに合うことがある。

「無いんじゃね?上手い事皆の弱み握ってるし」

弱みって……余計心配になる。

「凜人君、なんかあったら庇ってやってね」

「…ああ、わかってる」

 その眼差しは真剣そのものだった。

 その2人の後ろでは、年の差こそ感じさせるものの、なかなかお似合いのカップルのように、哲也と皐月がならんで歩いていた。チラッと振り返ると、皐月は頬を紅潮させて哲也を見上げていた。その姿に、また、昔の自分を思い出しそうになる。

「あらあら、あんなにはしゃいじゃって」

 おもわず私が言うと、

「茜ちゃん、たこ焼き食べようよ」

 と凜人がこちらを見上げて言った。

「お、いいねぇ、じゃあお姉さんが奢ってあげちゃう」

「マジで!?やった!」

 本当なら友達と来たかったんじゃないかな、凜人くんも。皐月に付き合わせて悪いなぁという気持ちもあるのだ。

「皐月、俺と茜ちゃん、たこ焼き買いに行くけどいる?」

「ああ、俺ら焼きそばにするわ、神社の前で待ち合わせようぜ」

 哲也が言う。哲也も、年頃で皐月相手では物足りないだろうに、と見つめると、哲也とバチッと目が合った。何か言いたげなその視線に、ん?と思う。

 隣にいた皐月が、少しムッとした顔をした。

 

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