4-5 湖上さんのホントの気持ち(下)
「もともと私は、成績がそこまで良い方ではなくて。栄見第一の受験に受かったのもギリギリで、私には背伸びし過ぎたなと思っていたんです。ほら、栄美第一って進学校として有名ですけど、部活も強制入部じゃないですか。文武両道の進学校というのは、もちろん将来のためになるとも思いますけど、自分の時間が作れないなって……」
湖上さんの昔話を、僕は呆然としながら聞いていた。
栄美第一は文武両道を推奨している。
心身のすこやかな成長こそ学生のあるべき姿。運動能力と学力には相関関係があるという最近の研究結果も相まって、運動系の部活あるいは吹奏楽部などに入部することを強制されている。
実際、栄美第一は全国大会などでも優秀な成績を収めている。
だからこそ学生なら誰もが目指すべき場所であり、落第した者は落ちこぼれであり――
合格したのに辞退する人がいるなんて、思いもしなかった。
「結構悩んだんですよ。中学の担任の先生に、せっかく合格したんだから、って強く勧められて。私も栄美第一にしようかなと思っていたんです。けどその頃たまたまネットで見つけた、フィーンテイルの体験版を遊んで……ああ、この世界にはこんなに楽しいゲームがあるんだな、って。私はいま、もっと自分の好きなことをやりたいな、って」
「…………」
「つまり私の人生は、エロゲで性癖をねじ曲げられ陵辱されてしまったということですっ」
会話を明るくしようとしてか、ぐっと可愛く両手を握りながらトークをする湖上さん。
「宮下さん。フィーンテイルにはクリアルートが二つあるのはご存じですよね。一般的に、光ルートと闇落ちルートと呼ばれるもの」
「はい、もちろん」
ルート分岐は物語の山場、主人公が師匠に裏切られた中ボス戦で行われる。
光ルートは中ボスを撃破し、主人公の女騎士は大切なお姫様を取り戻したのち事件の真犯人を追いかける道になる。こちらは女騎士の処女クリアも可能であり、正道なファンタジーとしてユーザーに愛されてるルートだ。
が、闇ルートは中ボスに敗北し、そこからバリバリの陵辱編に突入する。
女騎士は性奴隷にされ毎日のように輪姦調教され、高潔で勇敢であった心も身体もボロボロに貶められていくのだ。そして無限のような月日が経つにつれ、衣類の細かい汚れや目のハイライトが消えていき、絶望感を徹底的に練り込むよう、粘土をこねるようにして作り上げたのがフィーンテイルの闇落ち編になる。
「私、その闇ルートが大好きなんです。健気なヒロインが、今まで頑張ってきたヒロインの心が折られていく様が、本当にぞくぞくして。たぶん私、学校ではそこそこ真面目を装ってるので、こういうのに惹かれるのだと思うのですけど……」
話を聞きながら、とくん、と自分の心臓があつく鼓動しているのを感じた。
湖上さんがどこまで知ってて喋っているかは分からない。
けど、闇落ちルートは――僕がとくに熱を入れた部分だ。
薄暗い部屋で一人引きこもっていた当時の僕が、心の内側でぐつぐつと煮立った悪辣な部分を叩きつけたもの。
朝日の向こう、窓の外で歩く善良な人々に劣等感を覚える一方で、あの無垢で何もしらない奴等を自分と同じ薄暗い世界に引きずり込んでやりたいと望んだ、人が聞けば醜聞のあまり顔をひきつらせるような、悪意の塊をねじ込んだもの。
「あ、もちろんストーリーだけじゃなくて怒涛の陵辱シーンも好きでした。女騎士が最初は泣いて逆らうのに、だんだん心折られて希望もなくなって、仲間にも裏切られて全裸のまま体育座りで俯いちゃうシチュとかたまりませんよね!」
その僕の悪意を詰め込んだ代物を、湖上さんが無邪気な子供のように喜んでくれている。
「それでそれで」と、ウサギが跳ねるように次々とマシンガントークを放ち、白い頬を真っ赤にさせながら訴える湖上さんを見てしまえば、さすがの僕でも信じるしかない。
この人は、本当に――僕が陵辱系のシナリオを書いてると知りながら、僕のことを嫌わないのだ、と。
「そうやって熱中して、気付いたんです。私は、好きなものは好きだって我慢できない方だ、って。私のやってることが後ろ暗いことは存じてます。けど、こんな楽しいものがあるんだから遊ばないと勿体ないです。勉強も大切だとは思いますけど、私は他にもっとやりたいことがあるので! ……あ、もちろん勉強も程々にしますけど!」
彼女は語る。
魅力的なコンテンツに山ほど触れ、もっと遊びたい。
ニコニコと天使みたいに微笑んだ彼女が、呆然とする僕の手をぎゅっと掴み、えへへ、と笑う。
「そんな私にとって、宮下さんは本当にすごい人なんです。でも凄すぎて、正直お話を聞いた時は、次にどう顔を合わせれば良いのかさっぱり分からなくなってしまって、しかも私そんな人に先生ぶって陵辱趣味を自慢してしまってもうどうしよう恥ずかしい! というのが先程の話でして……はっ。すみません私また喋りすぎてしまって」
そこで彼女がぱっと手を離し、彼女は改めて僕に一礼をし、誤解であったことを謝罪する。
「とにかくですね。私は宮下さんを嫌いになんかなってませんし、むしろ尊敬しているし大好きなんです。私の趣味の話を嫌な顔しないで楽しく聞いてくれるのも宮下さんですし! ですのであの、こ、これからもよろしくお願いします、と言いますか……」
ついには羞恥心のあまりか、その頬を林檎のように真っ赤にしながら照れてしまう湖上さん。
僕と同じで、うまく言葉が繋げないのかもしれない。
彼女はきっと、器用な性格じゃないのだろう。
でも器用じゃないからこそ伝わるものもあって……
その、可愛らしくも恥ずかしそうな。
けど、幸せを噛みしめたような笑顔を前に、僕は――
「…………それは、良かった、です」
「はいっ!」
僕は、というと。
――――。
「……あの。これ、風邪のお見舞いの品……です。じゃあ、僕はそろそろ帰ります」
「え!? あ、ええと、もう帰られるんですか!?」
「……じつは作成しなきゃいけないシナリオがありまして……いまの言葉、嬉しくて、やる気が出てきたので頑張ろうかなと。ありがとうございます」
「分かりました、お仕事前に長居させてはいけませんね。ではがんばってくださいっ」
元気に応援してくれる湖上さん。
その彼女に僕はぺこりと一礼して席を立ち、御母様へのご挨拶もそこそこに、逃げるように家を後にしたのだった。
*
そうして湖上家を出て見上げた夕暮れ時の空は、彼方まで澄み渡るように晴れやかだった。
十月らしい心地良い風に吹かれながら、僕は痺れるような感覚を抱き締めたまま、ゆっくりと息を吐く。
ほう、と小さく呼吸を繰り返す。
僕はそっと顔を俯け、人気のない坂道をとぼとぼと下り帰宅した。
誰もいない自宅。
両親もとっくに僕を見捨てた自分の城。
玄関ドアを開け、ただいまともおかえりとも言わず、後ろ手でそっと玄関の鍵を閉め――
そのままトイレに籠もる。
腰を下ろした頃には、身体の震えは限界にきていた。
ぎゅっと自分を守るように両腕で身体を抱き、僕は一人、たった一人ぐっと目頭を押えて――決して誰にも知られないよう、ちいさく鼻をすすった。
気付けば、うっすらと涙が零れていた。
――――――――――――――
本作品が山場中ですが、新作はじめました!
『”友達クエスト”の少数派 ―フレンド数=強さのVRMMOで芋ぼっち美少女の世話をしたら「と、友達なんかじゃないもん……」とデレてきたので一緒に攻略しようと誘ってみた―』
https://kakuyomu.jp/works/16817330648825551184
本作及び新作ともども、カクヨムコンに投稿予定です。
宜しければ、評価&レビュー等お願いします!
なお本作『湖上さんは隠れ性癖を語りたい』は残り三話の予定です。最後までよろしくお願いします!
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