第3話 学校妄想が止まらない
許嫁とはじめてボイスチャットした夜。
僕は凪沙さんと隣あって授業を受けている夢を見た。
落ち着かない様子の凪沙さん。
脂汗をかく彼女に、僕は「大丈夫だよ」と彼氏面で声をかける。
凪沙さんが顔を真っ赤にしてそっぽを向く。
気のない感じではなく、照れる仕草がたまらなく可愛い。
いったいどういうシチュエーションなんだろう。
こんな夢を見るほど僕は彼女が好きなんだな。
たった一度、ボイスチャットをしただけだというのに――。
◇ ◇ ◇ ◇
『わかります! 私も同じような夢を見ました!』
「本当ですか?」
『隣の席で、机をくっつけて一緒に教科書を見る夢を』
「こっちはデレデレだ……!」
『けど、優さまとは一歳違いですのに。同じ教室で授業だなんて』
「そうですよね。僕ら学年が違いますしね」
『恥ずかしいですわ。勝手に許嫁を留年させるなんて……』
「そっち⁉」
恥ずかしがるベクトルがおかしくない?
僕の許嫁、駒見凪沙は「うぅぅ……」とまた可愛らしい声でうなった。
レア音源助かる!(正直)
というわけで、昨日に引き続きボイスチャット。
僕と凪沙さんはDiscordで雑談していた。
「不思議ですわね。私、学校なんて一度も通ったことありませんのに。それでも夢に見てしまうんですもの」
悲しげに言う凪沙さん。
今日もDiscordはサウンドオンリー。
許嫁は姿を見せてくれない。
だが、その落ち込んでいる表情がはっきりと僕には見えていた。
「いつか一緒に学校に通えたらいいですね」
『……はい!』
許嫁を励ますと、僕たちはますます隣の席トーク(妄想)で盛り上がった。
バレないように手紙を渡したり。
授業のグループワークでチームを組んだり。
お昼ご飯を忘れて分けてあげたり。
放課後、二人で教室に居残って話し込んだり。
主に語るのは凪沙さんの方だ。
そんな年下の許嫁が愛おしくって、僕は黙って彼女の声に耳を傾けた。
『けど、私たち一歳違いなんですよね……』
「まぁ、それは……」
『どれだけ妄想しても、歳が違ったら同じクラスにはなれない』
「今更ですけどね……」
『どうすれば、私と優さまが一緒の学年になれるのか……』
声が真剣でちょっとビビる。
地元でわけのわからない権力を持っている駒見家だ。
もしかすれば、なんとかできるんじゃないかとつい勘ぐってしまう。
『やはり、優さまに留年してもらって』
「いやでしょ、留年した婚約者なんて」
『恋人のために留年してくれるのならそれはそれで』
「どうしよう、僕の許嫁ってば意外と愛が重い」
『優さま。学歴と私、どちらが大切ですか……?』
「けど、先輩・後輩も面白いと思いますよ!」
マジなトーンの許嫁が怖くて、僕はちょっと話題を逸らした。
『そうですか?』
「えぇ。授業が終るのを待ったり、学年の違う教室を訪ねて騒がれたり。部室を使ってこっそり二人っきりになったり」
『あ、それ、すごくいいです……』
「僕は断然、凪沙さんからセンパイって呼んで欲しいかな」
『……優センパイ』
不意打ちやめてもろて。(尊死)
耳元で囁くような許嫁の甘いセンパイの呼び。
思わず椅子から立ち上がっちゃった。
清楚薄幸系後輩とみせかけてとんだ小悪魔後輩だ。
くすくすとヘッドフォンから聞こえる忍び笑いに、僕は「勘弁してよ」とちっとも迷惑そうじゃない声色で返した。
『どうでした? 私のセンパイ呼びは?』
「いやぁ、これは強烈ですね」
『それで二人きりだと、優くんって呼び方が変わるんです』
「あっ、あっ、その甘酸っぱい妄想は危険……」
『優くん、教室で話してた女の子、誰?』
「唐突のヤンデレ許嫁ムーブ!」
『私がいないからって、浮気したら許さないから……』
しません。
絶対にしません。
ヤンデレ年下許嫁とやきもち放課後シチュ最高なんじゃが。
やっぱり、先輩・後輩もいいよね!
のんきにそんなことを僕が思う一方で、急に凪沙さんが黙った。
イヤホンに着崩れの音が入る。
もじもじと言おうか迷っているその感じは昨日の夜にも聞いた。
なにやら神妙に凪沙さんが息を吐く――。
『後輩と先輩という話なら……』
「話なら?」
『やはり「さん」呼びはおかしいですよね』
「……へ?」
『学校で年下の女性に向かって「さん」付けは変ですよ』
「たしかに」
『周りが気にしない呼び方にしていただかないと……ダメですよね?』
期待に満ちた声で察する。
これはつまり、昨日の僕の逆パターンだ。
『もちろん年下なのに「さん」というのもレアな感じで嬉しいのですが』
「そうなんですか?」
『あ、あくまで一般論です! 私が思っているわけじゃありません!』
わかりやすいなぁ。
シリアスな気分になったのに、そのリアクションでほっこりしたよ。
これはつまり「僕に色んな呼び方をして欲しい」というリクエストに違いない。
奥ゆかしい凪沙さんだ、言い出しにくかったのだろう。
こんな可愛い年下の女性に甘えられたら仕方ない。
ごりごりに甘やかさねば無作法というもの。
僕は「うーん、そうだな」と、ちょっともったいつけてから――。
「凪沙ちゃん」
『ひゃい!』
「駒見」
『王道の名字呼び!』
「凪沙くん」
『信頼されてる後輩の奴!』
「なっちゃん」
『あだ名呼びはエッチ過ぎますよ!』
「……言うほどエッチかなぁ?」
『リクエストよろしいですか!』
「どうぞお嬢さま」
『……凪沙と、お呼びください。呼び捨てで。彼氏っぽく』
「周りに関係がバレない呼び方じゃないの?」
『お願いします!』
そこまで言われちゃしょうがない。
僕は自分のマイクをちょっと調整すると、彼氏らしく――湿っぽい声で彼女を呼んだ。
「凪沙」
『!!!!!!!!!!』
声もかき消えるほど「バフン! バフン!」と布の擦れる音が響く。
というか、あきらかになんか振り回している。
枕とかぬいぐるみっぽい感じだ。
これ、大丈夫だろうか。
違う意味で心配になってきた所に、『なにを騒いでいるんですか!』と翠子さんのあわてた声が聞こえる。どうやら異変を察して駆けつけてくれたみたいだ。
『録音機材が壊れますよ!』
『だって、だって! 優さまが、私のことを凪沙って呼んでくれて!』
翠子さんの乱入で本日のボイスチャットは急遽お開きとなった。
まだまだ、お互いの声が好き過ぎる僕たちの恋には課題が多そうだ。
たははは。
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