作戦変更

「じゃあ、ちょっと行ってきまーす」

 

 ナオは薬局横の通路に置いてある自転車を引っ張り出した。


「うわっ、何してるんですか?」

「ナオさんこそ、何処に行くんですか?」

 

 やだ、うち、まだ疑われてるん?


「在宅看護の患者さんにお薬を届けに行くねん」

「そんなことまでするんだ」

「いや、いや、それが仕事ですから」

「だったら、僕の車で送ります」

「いや、すぐそこやし、車なら薬局のがあるし」

 

 と言いながらナオはペダルをこぎ始めていた。


「気をつけて」


 コナン君の声が背中を追いかけてくる。

 大谷刑事と言うたびに笑けてくるので、心の中でこう呼ぶことにした。

 何やの、うちが詐欺師に見える? 見えへんからみんな騙されるんやけどね。

 ちゃう、ちゃう、こんな言い方したら、うちが犯人みたい。


 しまった。日焼け止め塗って来るの忘れた。

 春を通り越して夏の陽気。

 汗を拭いながら帰って来ると、まだコナン君がいた。


「お帰りなさい」

 

 この笑顔がくせ者。

 自転車を戻していると、


「お疲れ様」

 

 と、ドーナツ屋さんの袋とコーヒーを差し出された。


「いえ、そんないりません」

 

 薬局のカウンターから声がした。


「私たちもいただいたの」

 

 えっ、先輩もらっちゃったんですか。

 うちの好物で口を割らせる作戦に出たか。


「あまりお邪魔したら悪いから帰ります」

 

 ナオが店に戻りかけると、


「ナオさん、今度、桜見に行きませんか?」

「行きません!」

 

 即答されたコナン君の後ろ姿は少し淋しそうだった。

 ナオは在宅患者の受取書をファイルに挟み、レジへ入金した。


「あんなに冷たい言い方せんでも」


  先輩は言うけど、何が嬉しいて桜を見に行かなアカンのや。


「詐欺事件の犯人やと思うてる人に優しいでけへんわ」

 

 すると先輩は、コナン君差し入れのアイスコーヒーを吹いた。


「ブッ、はははっ」


 ガラスのパーティションの向こうで、薬を1包化する薬剤師が目を剥いてこちらを見ている。


「あんたそう思うてたん」


  ティッシュで辺りを拭きながら、先輩の笑い声は止まらなかった。

 




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