おうた

第1話

或る日、途方もなく歩いていると、優等生のUが公園にいた。公園にはUしかいなかった。私はUに声をかける。

「なにをしてるの?」

「アリを潰している」

Uは私に振り向くことなく、アリの巣に群がるアリを取っては、人差し指と親指で潰す。いつものUとは雰囲気が違くて、今のUなら私の質問に答えてくれる気がした。

「みんなが納得できるものってあると思う?」

「それはこの間、レポートでやったこと?」

「そう」

Uはアリを潰していて、まだ私を見ない。

「人間は水だ。世界は水だ。全てが水だ」

「それはメタファー?」

Uは私の質問に受け答えせず、手を止めてアリを眺める。

「私たちは色を作り出し、パレットで色を作っていく。それを私たちの透明な水に、何にも染まっていない水に色をつけていく。赤色、青色、緑色、黄色。唯一無二の色を作って、水の色は次々に変化していく」

Uの話は突然止まる。私を待ってる。

「色っていうのは納得できるもの?」

Uはそこで初めて頷く。私を初めて認識したと思うほどに。

「人は無慈悲だ。人は人と暮らしやすいような色を強引に作る。ワクチンを打て、学校に行け、周りと同一になれとか。その上、それらの色に染まらない人を虐めて、差別して、強引に染めようとする。私の人生はいつも痛憤を密閉して、生きてきた」

Uは一息ついて重苦しく口を開ける。

「納得できるものなんてあるのかな。まあ探せば1つはあるかもしれない。だけど、みんながみんなそうではない。私は納得できないものだらけだから、無理やり納得して生きるしかない。社会の歯車の引っかかりにならないように。無理やり納得することで私は虐めも差別も受けない。君も知ってるだろう、私は優等生だって」

私の体はサブイボだらけになる。

「無理やり納得して生きていくは、みんなが持っている正しさじゃないかな。みんなそれを内面化しすぎて、無理やり納得していることすらにも気づけていないけどね」

Uはまたアリを潰し出す。Uは確実に納得できるものから外れた人だ。それは私も。

「私も潰していい?」

Uは初めて私の方へ振り返り、友達を待っていた幼子のように微笑む。

「ああ、もちろん。アリは奴らのように納得できるものにとても順応的だ。潰すと実に痛快だ」


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おうた @OUTA824

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