第4話 絶対数王子と相対数王女の婚約破棄

 

 いせかーい、異世界のことでした。

 あるところに、絶対数王子と相対数王女が住んでおりました。


 ある日、絶対数王子は相対数王女を自分の部屋に呼び、こう叫びました。



「相対数王女! お前との婚約をこの場で破棄させてもらう!! 理由は解っているな!?」


「なに言ってるか、1ナノも解んない」



 相対数王女は、絶対数王子の言葉を耳垢をほじりながら聞き流します。その態度に絶対数王子は顔を真っ赤にして怒り出します。



「なに言ってるか、1ナノも解んない。じゃねーだろ!! いいか? お前と婚約してからというもの、我が国の財政は苦しくなる一方だ!! それもこれも全部、お前の浪費癖が原因だろうが!!」



 絶対数王子はそう言うと、自国の財政状況を書き記した紙を相対数王女に向かって投げつけます。



「あらまあ」


「あらまあ。じゃねえだろ!?」



 しかし相対数王女、絶対数王子が憤慨している目の前で、ほじった耳垢をふう、と吹くとこんなことをほざきました。



「ですが、絶対数王子。私はあなたの言うとおり、ちゃんと無駄遣いしないように努力したんですよ? 今月は先月に比べて、何と100000ギルドンも抑えましたし」


「足らねえよ! 何処にも足らねえよ! 毎月10000000ギルドンも無駄遣いしていたお前が、たかが100000ギルドン浪費を抑えた所で雀の泪なんだよ! どうしてそれが解らねえんだ!? この馬鹿女!!」



 相対数王女のその言葉に、絶対数王子は頭をかきむしりながら反論します。



「大体なあ、俺は月100000ギルドンしか使っちゃ駄目だって言ったのであって、前の月よりも100000ギルドン使うのを減らせって言ったんじゃねぇんだよ!! つーか、月100000ギルドンもあったら十分だろうが!?」


「えー、何処にも足らなーい。てか、なに言ってるか、1ピコ秒も解んない」



 相対数王女は、怒り狂う絶対数王子の言葉を、お腹をかきむしりながら聞き流します。



「それだけじゃないぞ!? お前、紅茶にがばがばガバガバ砂糖入れすぎ何だよ!? そんなんだからぶくぶく太りもするし、糖尿病にもなるんだよ!?」


「えー、でも最近は砂糖を入れる量を減らしたんですよー。何と1グラムも。エライと思いませんかー?」



 相対数王女のその言葉に、絶対数王子は怒りのあまり、地団駄を踏んでしまいます。



「偉くねぇよ! 全然偉くねぇよ!! お前、以前より量を減らしたって言ってるけど、1紅茶につき12グラムも入れてたお前が、1グラム減らした所で二桁下回ってねえンだよ!? それに俺は、1紅茶につき、砂糖1グラムまでって言ったろうが!? アホ女!!」


「えー? 全然甘さ感じられなーい」


「1グラムも入れてたら、十分甘いだろうがー!? お前の味蕾は全滅してんのかあ!?」



 相対数王女のあまりの態度に、絶対数王子は思わず絶叫してしまいます。



「まあまあ王子、そんなに興奮しないで。少し、紅茶でも飲んで落ち着いて下さい」



 相対数王女はどこから出したのか、絶対数王子の目の前に紅茶を差し出します。



「いや、誰のせいだと思ってんの!?」



 ですが、絶対数王子は何の疑いも無くその紅茶を手に取り、口に運びます。



「以前より砂糖の量を、3グラム減らしております」



 全部吹きました。



「……ごほっ! ごほっ!! 9グラムも入ってんじゃねぇか!? だから、くそ甘えって言ってんだろ!?」


「もー。何スルんですか? 王子さまー? 全部、私の顔に吹くなんてー? もしかしてご褒美ですかー?」


「ご褒美ちがうわ!! ……ああ、何で俺、こんな女と婚約しちゃったんだろ……?」



 絶対数王子は、相対数王女のお腹を見ながら涙目になります。



「絶対数王子ー、どこ見てるんですかー? セクシャルハラスメントですかー?」


「違えよ! あと、略さず言ってんじゃねえよ!」


「じゃあ、パワーハラスメントですかー?」


「だから違うって言ってんだろ!?」



 絶対数王子は俯くと、急に思い出に浸り始めます。



「ああ、婚約する時の君はとても初々しくて、少しぽっちゃりしてる所も俺の理想……だったな……」


「あらあらあら♪ まあまあまあ♪」



 絶対数王子の言葉に、相対数王女の頬は紅く染まります。

 しかし次の瞬間、絶対数王子は相対数王女のお腹に向かって指を差し、こう言いました。



「だが、今の君ときたらどうだ? 勉学にも励まず遊んでばかり。そんなんだからブクブクぶくぶく太って、今や君の体重は180キロにもなってしまったじゃないか!?」


「絶対数王子。そこは、以前よりも150キロ太ったと仰って下さい」


「変わんねーよ? ワンクッションおいてる感じに言ってるつもりかも知んないけど、対して変わんねーよ!? むしろ、デブってる感出てるからね!? それに、その言い方だと以前は30キロしか無いことになるけど、俺と初めて会った時、お前既に80キロあったからね!?」



 絶対数王子のその言葉に、相対数王女は毅然と口答えします。



「絶対数王子、酷いです!! 私、80キロなんて無かったです!! あの時の体重は……確かー、79.99999999……」


「有効数字3桁ではっきりと!!」


「49.9キロです」


「鯖読んでんじゃねーよ!」



 相対数王女のやり取りに、疲労困憊する絶対数王子。そこに、部屋の扉をノックし、誰かが入って来ます。



「……絶対数王子? お話は終わりました?」



 それは、このお城の、隣国の隣国の隣国の隣国に住むお姫様、その名も『0は偶数』王女でした。



「……あ、ああ、0は偶数王女。大丈夫です。もう少しで話は終わります」



 絶対数王子はそう言うと、扉に向かって歩きだし、0は偶数王女の手を取りました。そして、相対数王女に向かってこう言い放ったのでした。



「相対数王女! 私は、この0は偶数王女と新たに婚約する! 解ったらさっさとこの城から出て行け!! この馬鹿女!!」


「絶対数王子……それは言い過ぎでは……?」



 絶対数王子の乱暴な言葉使いに、はらはらする0は偶数王女。

 しかし、相対数王女は全く堪える気配がありません。



「えー、納得出来なーい」


「納得出来なーい。じゃねえだろ!」


「0が偶数なのが、納得出来なーい」


「そこじゃねーよ!!」



 相対数王女の図太い神経に、絶対数王子は堪忍袋の緒が切れます。



「……もういい……解った……」


「え? 何がですか?」



 どこか、喜び勇んでいる相対数王女を前に、絶対数王子は腹を括った様にこう言いました。



「私がこの城を出て行く。後の事はもう知らん」


「……は?」



 ぽかーんとする相対数王女。ですが、絶対数王子はそんな相対数王女を気にも止めず、0は偶数王女の肩を掴み身体を引き寄せると、相対数王女に背を向けます。



「ぜ、絶対数王子!? こんなことをして大丈夫何ですか!?」


「0は偶数王女……。私と一緒では嫌ですか?」


「わ、私は願っても無いですが……」


「では、何の問題もないでは無いですか。どこか、ふたりで慎ましやかな国を造りましょう」



 絶対数王子はそう言うと、今一度、相対数王女の方を振り向きこう言い残しました。



「相対数王女、あなたとはここでさよならです。……良い無駄遣い生活を……」



 そして、0は偶数王女とふたり、城を出て行く絶対数王子。


 相対数王女はぽつんと、元王子の部屋に残されます。




















 ………………その後、相対数王女が取り残されたお城はどうなったかは誰にも解りません。


 ですが、お城を出て行った絶対数王子と0は偶数王女は、あの後、言葉通り慎ましやかな国を造り、幸せに暮らした事は伝えられているようです。






     ――めでたし、めでたし――

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