第295話 最後まで、あきらめたら そこで試合終了だよ ! 中編


【道頓堀こけるside】



 嵐の見舞いの帰りに于吉を見つけた。

 さとられないように気配を消して尾行した。


 やがて、于吉は公園に入って行った。


「待ちましたか ?」


 于吉が、誰もいない方を見ながら話すと、



「ああ、待った。かなり待った。嫌というほど待った。

 一体何処で遊んでいたんだお前は」


 いつの間にか、于吉の正面にある木の幹に誰かがもたれ掛かっている。


 幹から背を離し、于吉に向かってゆっくりと歩き出した。月明かりで顔が見て取れるようになる。


 左慈だ、額に刺青がある。模様は微妙に違うが、于吉にもあった。


「いけませんねえ。

 そこは『私も今来たところだから気にしないで』というのが逢引きの常識ですよ」


 于吉の言葉に左慈は心の底から嫌そうな顔をした。


「何が逢引きだ、気色悪い」


「つれませんねえ」


 于吉は両の掌を上に向けてやれやれなどと言っている。左慈のこめかみが引きつっていた。


「お前の戯言に付き合ってる暇はない。

 さっさと本題を話せ、干吉」


 干吉の顔が真剣なそれに変わる。


「こちらは予定通りですね。

 世界大戦はもうすぐそこです」


 干吉の言葉に、左慈はふんと鼻を鳴らした。


「勝てるのか?」


「さて、やってみないことにはわかりませんよ。

 まあ、重要なのは戦を起こすことですから。そしてそれは苛烈であればあるほど良い。

 それだけ、多くの血が流れることになります」


 干吉がにやりと嗤う。


 それは、何時も見せていた愛想の良い笑顔とは全くの別物だった。


 人が、あれほど邪悪に笑うのを初めて見た。


「勝てなくとも良いのです。

 戦の果てに、多くの血が流れればそれで良い。

 人口が減り続ければ、国家としての体を成せないほどに人が死ねば、それはこの世界の崩壊に繋がる」


 


 なんなのだ、それは。

 ただ戦を起こし、ただ人を殺し、この世界そのものを滅ぼそうというのか。


「……相変わらずの悪趣味だな。

 まあ、俺はあいつを殺せればあとはどうでもいいが」


 左慈が眉を潜める。

 仲間ではあるのだろうが、干吉の思考は左慈にとっても気分が良いものではないらしい。


「私には貴方も趣味が悪いように思えますけどね、左慈」


「なんだと?」


 左慈の機嫌がまた悪くなる。


「何かにつけて、大江戸嵐、大江戸嵐、と。

 まるで恋する乙女のようじゃないですか」


「よしわかった。死にたいんだな?

 一応は同志の情けだ。せめて楽に殺してやるからそこに座れ」


 左慈が干吉の顔へ向けて左足で見事な蹴りを放つ。

 干吉はそれをしゃがむことでかわすが、それでは次の右足の蹴りに対処できない。

 追撃の蹴りは干吉の顔面に当たる寸前で止められた。


「……何故避けない」


「貴方を信じていますから」


 そう言ってにこにこと笑う顔は、于吉のそれに戻っていた。


「……よく言う」


 


 苦々しげに吐き捨てる左慈だが、于吉の言う通り最初から当てるつもりはなかったのだろう。

 少々殺気がこもり過ぎているようにも感じたが。


「では、私はこれで失礼しますよ。

 あまり遅いとさすがに怪しまれますからね」


 于吉が優雅に立ち上がる。


「その蹴りは……そこのねずみにでも当ててあげなさい」


「……ああ、そうだな」


 ねずみ……俺か!


 急いで跳ね起きた瞬間には、既に左慈は恐ろしい速さで此方に迫ってきていた。


「殺す!!」


 飛び上がり蹴りを放ってくる。側頭部への的確な一撃。


 なんとか防ぐ。手甲越しだがかなりの衝撃だ。


 体勢を立て直す、着地したばかりの左慈のあごめがけて左のきざみ突き。

 かわされる、すぐにもう一度、続けて右の拳。


「ちっ !」


 舌打ちが聞こえた。明らかに苛立っている。

 放った拳は全て余裕を持ってかわされた。

 こちらの腕がどうだというわけではないだろう。


 干吉に放ったものと同じような軌跡を描く頭部への蹴り。


 先程から執拗に頭を狙ってくる。殺意の表れなのか、それとも昏倒狙いか。

 再び左腕で受ける、受けたその足を右手で掴んで捻る。


 折る。


 完璧に極めたはずの技は、身体を足が捻られる方向に回転させることによってはずされた。

 そのまま両手を地面につきまたも頭部への蹴り、頭を引いてかわす。


 左足で足元を薙ぎ払う、手だけで後方に跳ねてかわされた。綺麗に両足を揃えて着地する。

 そのまま再び後方へ跳ぶ、両手を揃えて地面につき、身体を跳ね上げて回転させる。

 まるで重さなどないかのように両足で着地した。


 五歩ほどの距離をおいて睨み合う。


 強い。


 無手のみならば、間違いなく今までで一番の手練れだ。

 暫くお互い無言のまま対峙する。



「……まあいい。

 俺にはやることがあるんでな。お前と遊ぶのはまた今度だ」


 


 そう言うや否や足元の砂を蹴り上げる。目晦ましか!?


 


「くっ!待て!!」


 


 言ってはみるが、それで待つはずもない。


 目を庇った腕を下ろした時には、既にその姿は消えていた。


 嵐よ、ここまで左慈に気に入られているとは気の毒に。

 無事、退院したらデート死合してやってくれ。

 俺は可愛い女の子とデートするから……

 


 


 




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