第一章 新米侍女、冷酷皇帝に抱き枕を命じられる①
秋も深まってきた今の季節は、
それでも、半月前に王城の
場所にもよるものの、掃除の合間に視線を上げれば、
約一年半にも
この廊下にほどこされているのは、
高台から天へ向かって
「
幼い
「人知を
赤子を除けば、銀狼国の建国神話を知らぬ者など、一人もいないだろう。
銀狼の
トリンティアとて例外ではない。王城に
石造りの外廊に跪いたトリンティアは、ぶるりと
半年前、銀狼国の新皇帝として
義父のサディウム
「ちょっと! 何さぼってるのよ!」
「さっさとしなさいよね! 私達の分だってあるんだから!」
同室の少女達から厳しい声が飛んできた。
「ほんっと、
「手があかぎれになっちゃうじゃないの。ほら、
二人がトリンティアに雑巾を投げてよこす。
即位後、新皇帝ウォルフレッドは、王城の人手不足を解消するため、各地の領主に人員の供出を割り当てた。トリンティアも同室の少女達もそんな
トリンティアは自分を侍女として
トリンティアを妹として、
けれども同時に、トリンティアを思いやってくれる
ほどなく想う人と結ばれ、サディウム領を
「侍女として王城で奉公していれば、皇帝陛下の
「でも、いくら見目麗しくて
「命が
トリンティアが雑巾を絞っている間も、二人の不満は
「あ、あの……。手を動かさないと、終わりませんよ……?」
おずおずと話しかけた
「なぁに!? 私達に命令しようっていうの!?」
「不満があるなら、あんたが自分で掃除なさいよ!」
険しい表情の二人に
「も、申し訳ありません! で、ですが、ちゃんと掃除をしないと、
「うるっさいわね!」
「あんたの掃除が
「い、いえ、そういうわけでは……っ」
びくびくと震えながら首を横に振るが、
「だいたい、前から気に入らなかったのよね!」
「領主の養女って話だから、どんなのかと思ったら。拾われっ子の下働きなんでしょ?」
「そんな身分のくせに、たまたま同室だからって、
「ち、違いますっ! すみませんっ、そんなつもりじゃ……っ」
震える両手をぎゅっと胸の前で握りしめ後ずさろうとしたが、それより早く、背後に回り込まれる。
「下働きのくせにこんな
言うが早いか、後ろで
「返してくださいっ!」
大切なリボンを取られたとわかった
「それは姉様からの大切な
手を
「へぇ。そんなに大切なものなんだ。だったら、
「土下座して、返してくださいってお願いしなさいよ」
大切なリボンを返してくれるのなら、土下座なんてなんということもない。トリンティアは
「やだぁ。風が」
わざとらしい声を上げて、同僚が掴んでいたリボンを放す。風にあおられたリボンが、泳ぐように宙を
「あ……っ!」
トリンティアは
「必死になって、みっともなぁい」
「追いつけるかしらぁ?」
背後から二人の
視線は風に舞うリボンを
「きゃあっ!」
ちょうど、曲がり角の向こうから出てきた青年に、横から体当たりするようにぶつかる。
たたらを
「陛下!?」
「
青年に付き従っていた二人の男性が口々に
(へい、か……?)
混乱した頭が、耳に入ってきた単語の意味を理解するより早く。
「きゃあぁぁっ! 皇帝陛下っ!?」
同僚たちの絹を裂くような悲鳴が辺りに
● ● ●
銀狼国の王城の
「──つまり、ゼンクール
玉座に座るウォルフレッドが口を開いた瞬間、室内にひやりと不可視の
「めっ、
「左様なことは決して……っ! ただ、公爵は
そこだけ一足早く真冬が来たようにぶるぶる
前皇帝の
ゼンクール公爵の
レイフェルドは前皇帝の
つつがなくことが進んでいれば、新皇帝として孫が即位し、皇帝の祖父として権力を
だが、レイフェルドはウォルフレッドとの戦いの
皇帝としての強権を発動して、ゼンクール公爵を領地から王都へ無理やり呼び寄せることは不可能ではない。だが。
ウォルフレッドは
ずくり、と右のこめかみが
ちっ、と鋭く舌打ちすると、平伏する使者の背が、
(……手が、足りんな)
奥歯を
王都は今、約半月後に
即位後、初めて行われる『天哮の儀』は、新皇帝としての
今後の治世を安定させるためにも、決して失敗は許されない。今は儀式を成功させるために、全力を注ぐべきだ。
そもそも、ウォルフレッドに忠誠を誓っていない大貴族はゼンクール公爵だけではない。
ゼンクール公爵に並ぶ大貴族、ベラレス公爵もまた、老齢と病を理由に
ゼンクール公爵にかかずらっている間に、ベラレス公爵に背後を
「わざわざ使者を
使者がおずおずと顔を上げる。刺すようなこめかみの痛みへの
「おぬしの首を
「ひぃぃっ」
「首だけでは、公爵への言葉も伝えられぬな」
「さ、左様でございます!」
使者が
「わたくしめにお任せいただけましたら、陛下の
「そうか。それは頼もしいことだ。では、ゼンクール公爵に伝えてもらおうか。『天哮の儀』でまみえることをわたしも楽しみにしている、と」
公爵は、これを聞いてどう考えるだろうか。『
何か画策しているのなら、せいぜい早くに
無言で
「かなりお加減が悪いようですね」
今までずっと黙していた
「苛立った様を演じるのにはちょうどよいがな」
ウォルフレッドは唇を
「……『花の
強大な銀狼の力を振るう
本来であれば見つかり
答えを知りつつ
「申し訳ございません。手を尽くして探してはいるのですが……」
「まさか、お前の
嘆息まじりに呟いたウォルフレッドに、セレウスが
「実際、その通りなのでしょう。内乱の際、皇子達は真っ先に『花の乙女』の確保に動きましたから。そして、陛下の銀狼の御力が抜きん出ていると知った後は、決して陛下に『花の乙女』を得させぬよう、その点だけは志をひとつにしているようでございます」
「あー、確かに。俺が敵だったら、俺だって何があろうと陛下が『花の乙女』を手に入れるのを
丸太のような
「俺も人間相手ならそうそう引けを取る気はないんすけど、さすがに人の
ここに余人がいれば「なんと不敬な!」と
「今日の謁見はこれで終わりだったな?」
「はい。目をお通しいただきたい文書は、執務室へすでに運びこんでおります」
セレウスが
「手回しのよいことだ。その調子で、一刻も早く『花の乙女』を見つけてほしいものだな。いや、乙女自身でなくともよい。『乙女の涙』だけでも手に入れられれば……」
「全力を尽くします」
「ひどい顔色っすよ? やっぱり痛みでろくに
「不要だ。休んだところで、痛みがとれるわけでもないからな」
「しっかし……。
ゲルヴィスが顔をしかめたままこぼす。
「倒れんさ」
「
ウォルフレッドの顔を見たゲルヴィスが、やれやれと嘆息する。
「わかった。わかりましたよ。ったく、そんな顔をしている時の陛下は、他人の言うことなんざ聞きゃあしないのはよぉく知ってますからね。ま、でも」
不意に、ゲルヴィスが
「どうしても眠りたい時は、俺に言ってください。
「その際は、見えるところに傷を残すのは
セレウスがさらっと人でなしなことを言う。
「……お前たちの忠心には涙が出るな」
二人のやりとりに、久々に口元に笑みが
「『花の乙女』さえ見つかれば、苦痛に苛まれることもなくなるのだがな……」
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