反省会

 私は重大な勘違いをしていたらしい。

 サイラス様の美しさと、資本主義パワーさえあれば多少強引でも上手くいくんだって。

 もしかしたら、急に手にした自分の力に酔っていたところさえあるのかもしれない。

 自分でも扱ったことのないような高級品に惑わされて、テンション高く暴走して。

 

 モノや美貌で人は動かせるって過信して。


 その尊大な自信を粉みじんに砕いていった、イライザ=ライオンハート令嬢。

 

 恐ろしい子………!!!



「ごめんなさいサイラス様……私の作戦、大失敗です……!!」


 現実を知った私は深々とサイラス様に頭を下げる。


「そ、そんなことはない。アイカはよくやってくれた。私が自己主張が下手だったから……」


「そんなことありませんって!! サイラス様は完璧ですっ!! 悪いのは私で………!」


 サイラス様に謝らせるとか、それ一番最悪!

 私は罪悪感いっぱいで涙目になりかけながら、謝るサイラス様を制した。

 でも、私がいくら言っても心の優しい元王子さまの青い瞳は曇ったままだ。


「やはり、女装して周囲を変えるというのがおかしかったのかもしれないな……」


 なんて、とどめの一言をこぼして、寂しそうに微笑む。

 ダメ。それを言ったら、おしまいなんだもの。

 私の目の前が滲んだ。可憐なピンク色が、ぼやける。


 ぐうぅうう~~~~。


 そのとき響き渡った不思議な音に、私たちははっと視線を交わす。


「今の、音は……?」


「腹の音じゃねーか? はしたねぇぞ、聖女様」


 今まで黙っていたレオンハルトが口を開いたかと思うと、私の頭に軽く拳を落とす。


「わっ、私じゃないわよ!! そういうあんたは?」


「俺はさっきからお菓子だのなんだの食ってたからそれはない」


「しかし結構大きな音だったな……」


 3人で口々に言っていると、私はすぐそばで誰かがうつむく気配を察した。

 ティールームにいながら終始黙っていて、存在感を消していたが……。


「……アミリーたん?」


 振り向くと、そこには顔を床に向けて何かに必死に耐えている小さなメイドの姿が。

 彼女はお腹を両手で覆っていて、もうそこが鳴らないように押さえつけているようだった。


「……すみません」


 彼女はそう一言こぼした。

 さあっと赤くなるほっぺ。

 今までずっと寡黙に働いてくれていた姿からは想像もできない今の様子に、私は思わず「ぷっ」と吹き出した。


「あははっ、なーんだ! アミリーたんのお腹だったのね、気づかなかったっ!」


 一気に空気は砕けて、私はくすくすと笑う。

 年相応に子どもっぽい一面を見て、ちょっとキュンとしちゃう。


「すみません……異世界の食べ物が、とてもおいしそうなので、さっきから我慢していました」


 目を伏せながら訥々とそう語るところも、素直で子どもらしい。

 私は、テーブルの上でほとんど手をつけられてない、ケーキスタンドに載ったお菓子や料理を見た。


「……うん! じゃ、一緒に食べよっか」


 アミリーたんが驚いて顔を上げ、目をぱちぱち、と瞬かせた。

 私は笑顔で両手を広げる。


「アフタヌーンティーも大失敗だし、残ったお菓子たちがもったいないから、ここにいる皆で食べましょうっ! 反省会も兼ねて! 糖分を頭に回して、今後のこと考え直すんですっ! いいでしょう、サイラス様!」


 急に言われたサイラス様もややほうけていたが、私が笑顔を向けると、その唇もほころんだ。


「ああ、私は構わない」

「俺もまだ食いたりねぇぜ」

「ねっ、アミリーたんも一緒に! 異世界のお菓子、紹介してあげるっ」


 手を取っていざなおうとすると、アミリーたんはまだ驚いた顔で私を見つめた。 

 

「ほ、ほんとうに、いいんですか」


「こらこらアミリー、尊くありませんよ。我々使用人も十分に食事を取っているのですから、主に気を遣わせるようなことを……」


 横からセバスチャンがお堅いことを言う。

 そりゃ、奉公する側とされる側のラインはあるのかもしれないけど……。


「私、日本生まれなんで難しいことはわっかりませーん! 深いことはいいから、アミリーたんとお茶会したいだけですぅ~!」


 私は聖女だから、子どもみたいなことを言って、彼らのルールを破壊する。

 皆ぽかんとしていたけど、気持ちいい。

 日本にいた頃も、こんなふうに振る舞えたらよかった。


「ぐぅう……っ、聖女という特別な身分に囚われない自由奔放なプレー、ギャップが“ク”る………!! このギャップは酔っ払った老婆を介護したら口汚く罵られたのに後日恥ずかしがりながら謝罪と礼を言われたときに匹敵……!! 結論から言って最の高!!」


 セバスチャンは今日もわけのわからないことを言って私を全肯定してくれる。


 また人数分の茶器を用意して、お茶を注いで、お茶会のリスタート。

 レオンハルト以外は初めて口にする異世界の味に、皆驚いていた。


「なんて美味しい……見た目も味わいも洗練されていて、こちらの世界とは多少雰囲気が違うな」

「おー、あのお嬢はなんかこだわりがあるみてぇだったが、食ったら美味いよな、普通に」

「美味しい、です……」


 おしゃべりの片手間にスイーツたちはどんどんなくなっていく。

 そこにあるのは笑顔だ。

 私は皆が満足してくれたことに喜びを感じ、お茶ではない何かが身体を温めてくれることに気付いた。

 洗練されてはいないのかもしれないけど、親しい人たちと過ごす、この時間が素敵だ。

 私が深い満足を抱えて皆を眺めていると、サイラス様が「おや」と声をあげた。

 その視線が向かう方に目をやる。


 アミリーたんが、クリームたっぷりのシュークリームに苦戦して、思いきり口の周りにクリームをつけていた。

 それをいち早く見つけたサイラス様は、ナプキンをとって「失礼」と言い、アミリーたんの口元を拭い始める。

 アミリーたん本人は、まさかそんなことをされるだろうとは思っていなかったに違いない。

 たちどころに顔が真っ赤になって慌てだす。


「団長、さん……!」

「動かないで。よし、きれいになった」

「……」

「ほら、皆ごらん、かわいい口元がまた現れた」


 そう言って朗らかに笑うサイラス様。

 その表情は今の姿からしたら女神様みたいで、慈愛に溢れていた。

 私がその顔に思わず見惚れていると、横から「はぁ~」とため息が聞こえた。


「お前、いっつもそれやるよな~。お前が団長になってからそれ初めてやったとき俺ビビったからな」

「いっつも!? やるの!!?」

「あ、ああ……姉がいた影響か、私には少し世話焼きなところがあってな……」

「今は自分から口元汚していく団員が続出だ」


 まさに二匹目のどじょうを狙ってケーキに顔を埋めようかと思った私には笑えない話だった。


 年下の女の子相手だったけど、不思議とサイラス様の行動には嫌な感じがしない。

 むしろ、騎士団内でも同じことをやってるって言われても納得するばかりだ。


 ……女神……いや、お母さんだ!!


 サイラス様はお母さんだったんだ!!


「……アイカ、お前いったい何考えてる?」

「バブー!! じゃない、サイラス様のそういうところ、すっごい素敵です!!」


 私は感動して高鳴る胸を押さえる。

 そんなことを自然とやってのけるサイラス様、なんて素敵なんだろう。


 私がうっとりしていると、レオンハルトがまたため息をつく。


「そういうところが出るってあたり、ドレス着てても変わんねーんだな」


「レオ……?」


「お前はお前だ。さっきはご令嬢たちの前で小さくなってたが、あんなのお前らしくねぇ、もっと堂々と今みたいなのやりゃあいいんだ」


 その言葉を聞いて、私に雷が落ちた。

 付き合いの長い友人は、私よりもシンプルな本質を捉えていたらしい。


「さっきは色々言われちまったが、ご令嬢たちに合わせる必要がどこにあるよ。むしろ、今のお前を認めさせるぐらいでちょうどいいと思うぜ。世間を変えるために、自分を窮屈にさせるのは不毛だ」


「……」


 サイラス様と私は黙り込んだ。

 そうだ。私は彼女たちの前で、サイラス様は笑っているだけでいい、と思っていたけれど、本当はそうじゃない。

 私は女装に包まれたサイラス様の、本当に柔らかで素敵なところを皆に知ってほしいんだ。

 それを伝えるためには、どうしたらいいのだろう。

 まだ上手く答えは見つからない。


 ……けれど、私は。


 サイラス様が、サイラス様らしくいられるお手伝いがしたいんだ。


 はっきりと、そう思った。


「…………また、一からやってみる、か」


 私のつぶやきに、サイラス様も、レオンハルトも振り返る。

 3人は一緒に見合って笑い合い、お菓子を食べてはお茶を飲んだ。


 そのときずっと、私たちを見つめていた純粋な黒い瞳には、私は気付かないままだった。


 

 * * *


 どんな働き者も目を覚ましていない、夜明け前の貴族街。

 まだ、うとうと、と下がってくるまぶたを堪えながら、アミリーは紐で括られた一抱えの紙束を運んでいた。

 すれ違うものは野良猫の親子ぐらい。静かな街の中をほとんど音も立てずに歩きながら、ひとつの屋敷を目指す。

 そこの蔦の絡まった情緒ある門の前に、アミリーのちょうど背の高さぐらいの何かがあった。

 木製の棚のようなもので、天辺に開いた投入口の下には【エドヴァンス編集・原稿募集中(市民の皆様もお気軽に)】と文字の彫られた看板が下がっている。

 アミリーは周囲に誰もいないのを確認すると、その口に紙束をそっと差し込む。

 紙束がぱさりと底に落ちた音を確認し、迅速に踵を返してその場を立ち去った。

 本来の起床時間より早く起床し、屋敷をこっそりと抜けたアミリーの足跡を知る者は誰もいない。

 また、その紙束が何を意味しているのかも。

 

 乙女なら誰でも抱えている、小さな秘密だ。


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