メイクアップ
サイラス様の女装を見て、私は確信した。
サイラス様には女装の才能がある。
その才能は称えられるべきだ。
王宮には呪われた元王子という評判が跋扈しているけれど、そんなものを吹き飛ばして余りあるぐらいサイラス様の女装はすばらしい!
サイラス様の女装のすばらしさを広めれば、きっと、王宮の評判は良いものへと入れ替わるはず!
そう思った私は、自分の考えをサイラス様とレオンハルトに話す。
「あの推し宣言はそういうことだったのか」
飲み会の翌日のお昼、食堂で水を飲みながら私たちは向かい合って話していた。
レオンハルトも相当酔っぱらっていたけれど、昨日の記憶はあるらしい。
「ねえ、レオンハルトは副団長としてどう思う? サイラス様が呪いのせいで王宮じゅうの人に爪はじきにされてるの見て、いい気分はしないでしょ?」
私はガンガンと痛みを訴えるこめかみを指で押さえながら言う。
「そりゃ、まあな。こいつとはガキの頃からの付き合いだが、いつも呪いとセットで扱われてるところを見てきたぜ。人望があるのは騎士団内と猫だけ。妙齢の令嬢だってこいつとつるむのを嫌がって避けてるくらいだ」
想像がつく。
サイラス様がどんな幼少期を送ってきたか。
きっと、王太子ということもあって、今と比べ物にならないぐらいのバッシングもあっただろう。
つくづく、フェアじゃない。
着ぐるみと軍服以外の服が着られないという理由で差別されつづけ、果てには王家の一員からも外されてしまった。
呪いは生まれつきのもので、サイラス様に責任はないのだから。
そんなねじ曲がった運命から、私は推しを救いたいのだ。
「とにかく私はサイラス様の女装のすばらしさに皆がひれ伏して崇め奉るところが見たいのっ!! 見たいったら見たいの!!」
「ずいぶん過激派の意見のようだが……サイラス、お前自身はどう思う?」
サイラス様はレオンハルトの視線を受け、少し迷うように沈黙した。
「……私は、今まで一度も自分の境遇を変えられると思ったことはなかった。死ぬまで呪いとともにあるものだと、そう思ってきたが……昨日の女装で思ったことがある」
サイラス様は、青い目で私を正面に見据えて言った。
「一生に一度だけなどとは言わない、……私はもっと女装がしてみたい。自分で自分を着飾るということを、もっとやってみたいんだ」
真剣なまなざしでの告白に、私の胸はきゅんと切なくなる。
男性が、女装したいという願望を自分で認めることも、人に打ち明けることも、かなり勇気のいることだと思う。
こうして自分の願いを口にできている時点で、サイラス様は強い。
「それで評判を呼べるかどうかはわからないが、私もこれはチャンスなのかもしれないと感じた」
「そうですっ! これはチャンスなんです!! 好きなことをして、それが評判になったらもう最高ですよ!!」
私はテーブルを叩いて身を乗り出す。
そのやりとりを、レオンハルトはくっくっと笑いを噛み殺しながら聞いていた。
「いいじゃねーか、面白そうだから乗ったぜ。女装のこいつを見て王宮じゅうの人間がひっくり返るところ、俺も見てみたい」
「協力できることがあったらするぜ」「よっしゃ!」と、レオンハルトとハイタッチ。
うん! これで同盟結成!
今の私たちは、『暴走聖女』と『呪われ元王子』だなんて組み合わせで揶揄される現状だけど、いつか必ずその現実に打ち克ってみせる。その最初の一歩を、私と、サイラス様と、レオンハルトの3人で始めるんだ。
まず私には試すことがあった。
こっちに来てしばらく使う機会がなかったが、前日のこともあり、スマホを開いてみる。
バッテリーは切れていない。
こっちに来てほとんど使うことはなかったとはいえ、バッテリーの持ちが異常だ。バッテリー残量は95%。異世界召喚される前夜に使用していたときの残量と同じまま、動いていない。
電話が使えないのでこっちではスマホは一切機能しないものと思っていたが、恐る恐る通販サイトアプリをタップする。
……開ける!!
ずらっと並ぶ商品ラインナップ。今日のおすすめ品。セール会場。キャンペーンのお知らせ。広告欄。エトセトラ、エトセトラ……。
現代日本にいた頃と一切変わらない画面だ。
私は困惑しながらも商品をいくつかカートに入れ、いつものようにカード決済で購入してみる。
待つこと一日。
セバスチャンの淹れてくれた紅茶を飲みながらその瞬間を待ち構えていた私は、急に、ずもも……と空間の歪みから段ボールが現れる瞬間を見た。
マジで来たー!!
どうやら私のもとをピンポイントに荷物は訪れるらしい。
異様な光景を見たセバスチャンは現れた段ボールに向かって威嚇していたが、「聖女の特殊能力よ!」と説明すると私に両手を合わせて深く拝んできた。ちょろい。
どうやら私は異世界にいてもスマホを使ってショッピングができるらしい。
この能力は、『サイラス様の女装推進化計画』に役立つはず!
一週間後。
私はある部屋にサイラス様とレオンハルトを招待した。
「じゃ~ん!! これが異世界のメイク部屋で~す!!」
ばばーん! と派手に腕を広げて紹介してみせたのはドレッシングルーム。
壁一面のおしゃれな収納具には所狭しとコスメと美容グッズが並んでいる。
そのどれもが現代日本ではお馴染みのものばかりで、一見するとここがエレンディア王国であることを忘れそうになる。
「サイラス様に使いたいアイテム、ぜーんぶ通販しちゃいました!」
だって一億円、持ってるしね!
「うわ~、よくわかんねぇけど、すげえな。この量」
「これが全部、化粧品なのか……」
レオンハルトとサイラス様は、私の物量作戦に圧倒されている。
私が自分の力で推すんだもん。サイラス様には、使い慣れない異世界の化粧道具じゃなく、馴染みのある“コスメ”を使いたい。
だって、その方がアガるし!
一億円が当たるまではお高くて手が出なかった高級品まで、今の私の手には届くのだ。
コスメだけじゃない。メイクブラシからスポンジのツール系まで全部一流の高級品が揃えられる!
心の中で資本主義に万歳三唱しながら、私はコスメグッズたちに目を奪われるサイラス様をドレッサーに導く。
まず化粧水と乳液、美容液でひたひたに保湿してから、数分ほど置く。
肌が馴染んだらベース作り。
テカりやすいところに部分用下地を塗り、皮脂を抑える。
その後は、カラーコントロールだ。
ピンクのコントロールカラー下地で全体的にトーンアップを図り、頬には血色感を。
化粧下地から漂う薔薇のような香りに、サイラス様は目を細めた。
「いい香りだ……こんな素敵な香りのものが異世界にはあるのか」
それは当然、デパート御用達ブランドの高級品ですから!
ちなみに私の会社員時代はこの10分の1ぐらいの値段の化粧下地を愛用していました!
涙が出そうだ。
パフで下地を塗り終えたら、次はベースメイクの主役、ファンデの登場だ。
「じゃーん! ファンデなんか全色買っちゃいました~!」
ラグジュアリーな雰囲気の容器をずらりと鏡台に並べ、テンション高く紹介する。
どうせなら、色んなカラーをミックスして、サイラス様のお肌に合う唯一無二の色を作っちゃうもんね!
何種類かのリキッドファンデーションをてのひらのなかで合わせて馴染ませ、顔の高いところから点置きしていく。
指とスポンジを使い分け、徐々に薄く薄く伸ばしていき、サイラス様のお顔をむき卵のようなつやつや肌に仕上げる。
ブラシにとったフェイスパウダーをさらに薄く仕込み、ベースメイクは完成。
ここまででもさすが、お値段! と膝を打ちたくなるような仕上がりだ。
もともと唸るほどお肌がきれいだったサイラス様だけど、これは神がかり!!
「実は、野外で訓練のときでも日焼け止めは欠かしたことがなかったんだ……」
「お前そういうところちゃっかりしてるよな」
「何言ってるんですか、ナイス判断ですよ! 若いときからの日焼け止めほど肌に対する一番のいたわりはありませんからね!」
本当にそうだ。
私も中学高校のときから日焼け止めぐらい塗っておけば……と鏡を見るたび思うこと日常茶飯事である。
肌を守る、健康を守るという意味でも、男性にとっても美容意識は必需品になっていいぐらいだ。
お次はメイクの主役。
アイシャドウの登場だ。
これにはすごく迷った。
だって、サイラス様のまぶたにはどんな色が乗ったって映えるに決まってる。
これも何種類も使ってみたかったけど、顔のなかで一番皮膚の薄いまぶただから、そう無茶はさせられない。
そう思った私は一点集中、これだと思ったものだけを用意した。
女装されたサイラス様のお顔をピュアに、そしてレディライクに見せてくれるのは、乙女の定番、淡いピンク。それも少しミステリアスなパープルを宿した、くすみ系カラーをチョイスする。
モーヴピンクのアイシャドウパレットを、うっすらとブラシにとり、優しくまぶたに載せていく。
しっとりした粉がじわりとまぶたで発色し、艶めく。
私はその瞬間の美しさに息を呑むようだった。
まばたきのたび、くすんだピンクのなかに散った微細ラメが淡く発光し、きらめく。
その光のなかで、サイラス様の瞳は青い宇宙のように静かに冴え冴えと輝いていた。
「………きれい」
まぶたをモーヴピンクに彩られたサイラス様の顔を鏡越しに覗き込んで、私はつぶやいた。
鏡のなかでは、自分自身の瞳と深く向き合うサイラス様が言葉を失っている。
サイラス様も、その色が自分のまぶたと最高に馴染んでいることに驚きを隠せない。
「自分にぴったりな色を見つけると、最高ですよね」
私はつい女友達との世間話かのように感想してしまうが、サイラス様は
「……知らなかった。自分に似合う色があることさえ」
と、ぽつり、つぶやく。
私には、その言葉の意味が本当にはわからなかったけれど。
サイラス様が今までどんなふうに生きてきたのか、ほんの少し伝わって、胸に沁みた。
「これからはその色がサイラス様を、きっと助けてくれますよ。
だって、自分に似合う色を知ってる人って、最強ですから!」
私は知っている。
自分に似合う色を知っている人は、最高の笑顔を持っている。
どんな逆境にあっても、その色を身に纏っているだけで強くなれる。
それは自分自身を知っているということだから。
私は女友達にそういう人がいたから、わかるの。
気が付けば、サイラス様は瞳にうっすらと涙を溜めていた。
必死に目元をこすっては、「すまない、化粧してもらっているのに」と詫びていたけれど……。
私は、いいんですよ、と言って目元のよれを直していく。
自分を見つけると、泣きたくなるときって、あるよね。
それからまつげをマスカラ下地で際立たせて、頬には少し青みを帯びたピンクチークを載せていく。
そして――完成したのは、深窓の令嬢を思わせる清純さと、情愛深さを瞳に宿したひとりのレディ。
これは、どうあがいても、美女。
「完っっっ成です!! サイラス様!! これはどう見ても美女!!!」
あまりの出来栄えに、私は歓声をあげる。
サイラス様は、まだぽーっと鏡のなかを覗き込んでいた。
「すごい……これが、異世界の化粧品か……」
「でも、一番は素材ですよ、素材! サイラス様ほどのモデルは私のいた世界にもいませんから!」
一流コスメで仕上げられたサイラス様のお顔は、どこか現代的で、この世界の淑女とは違った雰囲気を醸し出している。
「おー、アイカ、お前化粧が上手ぇーんだな、見直したわ、もぐもぐ」
「ふふん、推しの最高の姿を見るためならなんでもするのが人の常……って、何食べてるの!!?」
横から口を挟んできたレオンハルトがもぐもぐと忙しなく口を動かしているのに気が付いて、私ははっと振り返る。
段ボールに入れたままだった食料品が漁られている!
「ちょっと何してんのよ~! これも重要なアイテムなのに!!」
「おい、なんだか知らねぇが美味いなコレ」
私はお取り寄せランキング上位のスイーツやグルメも取り寄せて、来るべきときに備えていたのだ。
それを嗅ぎつけたレオは勝手に箱を開けて食べている。食べ物の匂いに敏感って、動物か何かか!
「って、やっばい、そうこうしてるうちに、時間経っちゃったかも! お客様が来るのに……!」
「「お客様?」」
サイラス様とレオンハルトは同時に聞き返す。
私は、ふふ、とにやける口元を隠さず、人差し指を突きつけ言い放った。
「――これからお茶会を始めます! もうレディたちは誘ってあるから、あとは到着を待つだけ!
女装したサイラス様も、お茶会で貴族のレディたちと一緒にお茶をしてもらいます。これがサイラス様推進計画!」
そのために用意した、ランキングを駆け抜ける猛者(スイーツ類)たち!
とっておきの美食でもてなしながら、異世界の令嬢たちに現代コスメで艶やかに変身したサイラス様の美しさを堪能してもらう!
これが私の考えた戦い方のひとつ。
非力な私だけど、通販したアイテムたちでサイラス様を応援するの!
「お茶会って、今からかよ? ていうかツテあったのか、いったいどこの令嬢を呼んだんだよ」
「王宮で暇そうにしてた人たちに見境なく声かけたの! かなり引かれたけど、異世界のグルメを振る舞うって説明したらそれなりに呼べたわ!」
「お前それ食い物で釣ってんじゃねーか」
何を言われようが、手段は問わない!
私はそわそわと時間を気にしながら、サイラス様をさらにドレスアップさせる準備に入る。
「しかし、お茶会、か……私に貴族の令嬢の話し相手が務まるだろうか……」
ドレスを着て、アクセサリーをいくつか見繕う間に、サイラス様は少し不安そうに打ち明けた。
「だーいじょうぶです、サイラス様はそのままでいて! 何もしてなくても十分なぐらいですから!」
「……本当にそうだろうか……」
サイラス様の髪を結い上げ、セットする私は鷹揚にうなずく。
こんなきれいなんだもん。一瞬でその場の主役になれるに決まってる。
最強のメイクアップをして、無敵のドレスを着たサイラス様にはきっと誰にも敵わない!
私ははっきりとした確信を抱きながら、そのときを待った。
優雅に着飾った本物の“レディ”たちが、屋敷を訪れるその瞬間を。
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