エレンディアへようこそ②

 連れていかれたのはどこかの屋敷だった。

 ヨーロッパのお屋敷のような豪華な佇まいに感動する間もないまま、私は待ち受けていた女性たちにドレスを見立てられ、すっぴんの顔には丁寧に化粧が施された。

 もこもこパジャマとすっぴんが不満なんだったら先に言ってよ、もう。

 ここまで来るのにずっとその姿を晒していたことに今さらながら羞恥心が沸いてくる。

 侍女さんに「こちらはどうされますか?」と言われて、パジャマのポケットに突っ込んでいたスマホを渡される。

 馬車に乗っていたとき、思わず実家に電話をかけてみたけれど、電話なんて繋がるわけがなかった。

 それでも手放すのは気が引けて、お守り気分で持ち歩くことにする。

 櫛を通された髪にはリボンまで巻かれて、淡いミントグリーンのドレスに身を纏った私は応接間に通される。

 そこである男性と出会った。


「はじめまして、聖女様。わたくしはセバスチャン=アルノー。この屋敷の家令です」


 その男性は、だいたい四十過ぎぐらい? 細身のチェーンつきの眼鏡をかけていて、赤茶色の髪に同じ色の髭を優雅に湛えた背の高い美丈夫だった。

 これまたイケメン……。でも、不思議。胸は苦しくない。

 そして、家令、ってことは執事みたいなものかしら。

 ぴしりと背筋を曲げ、礼儀正しく挨拶されたので、私も見よう見まね、ドレスの裾をつまんでお辞儀。


「は、はじめまして、橘 愛歌と申します」


「良い。」


「は?」


 ふと真剣に目を細めながら、唸るようにこぼれた一言に私は聞き返す。

 なんだかやけに熱のこもったまなざしだったようだけれど……?

 するとセバスチャン氏は即座に柔和な笑みを浮かべ、完璧な一礼を持って告げた。


「失礼いたしました。それでは、アイカ様とお呼びいたします。

この屋敷は、国王より聖女様に恩賜されたもの。アイカ様がエレンディアでお過ごしになる自宅にてございます。

そして私は家令としてアイカ様にお仕えする身分。どうぞ気兼ねなくなんなりとお申しつけください」


 ひえええ、いきなり家+執事のプレゼントだ!?

 VIP待遇に驚いていると、私の困惑が伝わったのか、「ふふ……」とセバスチャンは微笑した。


「異世界より来てさまざまなものに困惑する、聖なる乙女……すばらしい。なんという尊み溢れる存在。推しと同じ空気が吸えて震える……」


「は!?」


 ダンディな美髭の男性の唇から、急にオタクじみた構文が飛び出し、驚きのあまり凍りつく私。

 

「おっと申し訳ございません、あまりに尊すぎるので本音が……まさか生きていて本物の聖女様にお仕えできる日がくるとは思わず、突然降ってきた推しにテンションぶちあげ侍でございますゆえ……多少の粗忽はお見逃しください」


「セバスチャンさん、あなた相当極まってますね!?」


「やれ、お恥ずかしい。さあ、まずは紅茶でもお淹れしましょう。アイカ様はお座りになってお待ちください、あんまり長いこと推しと対峙してるとわたくし奇声を発しそうになりますので……」


「奇声を!?」


 限界オタクの心情に配慮して、私は言うことを聞いておくことにした。

 おそらくSNSなどないだろうこの異世界で、あんなナチュラルボーンでオタクな人って、いるんだ。

 私は来て早々、異世界のすごさに打ちひしがれながらお茶を待っていた。

 すると、「お茶をお持ちしました」と少女の声が扉の外から聞こえる。

 セバスチャンのダンディな美声とはあきらかに違うそれに首をかしげていると、サービングカートを引いて入ってきたのはメイドの女の子だった。

 そう、女の子。年の頃は12、3歳ぐらい。

 ボブカットの黒髪に、つぶらな瞳。清楚で素朴な顔立ちが小動物のように愛らしく、そんな子がサービングカートを重そうに引きながら現れたので、私の目はハートになってしまう。


 か、かわいい……!! こんなかわいい子が、メイド服を着るなんて、それはもう大量破壊兵器!

 素朴なお人形のような見た目も好感度激高でやばい。ちょっとシャイそうに目を伏せたところも、守ってあげたさ百点満点!


 そんな萌えを体現したかのような少女は、小さなお口を恥ずかしそうに開いた。


「あの、アミリーと、申します。セバスチャン様と一緒に、聖女様にお仕えします。

メイドになったばかりですが、一生懸命いっしょけんめいがんばります」


 ぺこり。


 ……きゅぅ。


 あんまりにも完璧なお辞儀がとどめになって、私の心臓は限界を訴える。

 ……セバスチャンさんに衝撃を受けておいて、私も本質は結構なオタクなのである。

 なので、こんなかわいい少女メイドを前にして、萌えずにいられるか!


 否!


「アミリー、よくご挨拶できました。尊かったですよ」

「セバスチャン様」


 と、そこにセバスチャンが現れて、アミリーを褒めるなりよしよしと頭を撫でる。

 くしゃっと柔らかそうな黒髪いいいい! 私も撫でたいいいいい!

 羨ましがって悶えていると、それもセバスチャンが微笑ましそうに見守っていた。


「さて、アイカ様。明日は国王主催で聖女様を歓待する園遊会があります。王宮じゅうの人々がアイカ様の尊み爆発のお姿を拝見しに参りますので、本日はゆっくりとお休みください」


 さらりと衝撃的な発言をされ、私ははっとなってセバスチャンを見る。


「園遊会!? わ、私が主役の……!?」


 もこもこパジャマとすっぴんでやってきた聖女に、王宮じゅうの人間が挨拶しにくるというのか。

 恐れ多さにひっくり返りそうになっていると、セバスチャンは笑って、アミリーの頬をぷにぷにとつっついた。


「聖女様ともなると当然でしょう。明日はこの国の歴史に新たな1ページが刻まれるまっことめでたき日」


「セバスチャン様、やめてください」


「はっはっは! わたくしも鼻が高いですぞ」


 軽く拒否されて、何事もなかったかのようにアミリーから離れるセバスチャン。

 私だってアミリーたんの頬をぷにぷにしたい。

 でも、それ以上に明日の園遊会とやらが怖い。


 ていうか、私の口座の一億円、このままどうなるんだろう……!?


 異世界ではいきなり色々あったけれど、現実の一億円を忘れることは相当難しいみたいです。まる。


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