第20話 奴隷商の息子と旅立ち
母さんの突然の登場により騒然とする。
そもそもお店に顔を出すこと自体が珍しいからね。
「私は旦那さんとアベルの仕事に口出しはしてきませんでした。ですが、二人からお店の事は聞いております。そこで一つみなさんにお願いがございます」
みんなが母さんに注目する。もちろん僕も。
「アベルは幼い頃から不思議な子でした。自分は勇者になると、幼い頃から自ら剣の練習をしたり、本を読んだり、それは一生懸命に励んできました」
そ、それは…………転生者だし、勇者になれると信じていた……んだよね…………。
「ですが、アベルはものの見事に勇者にはなれず、才能も『無能』となりました」
ぐはっ…………く、クリティカルヒット…………恥ずかしすぎる…………。
みんなの前で黒歴史を発表するような悲しさだ。
「それで落ち込むとばかり思っていたアベルですが、それは私の思い過ごしでした。何故なら、アベルは勇者でないのなら、次の道を行くだけと、すぐに自分の道を歩き始めました。
それは誰にでもできる事ではありません。でもアベルが持っているのは、確かな――――夢です。最近アベルは毎日のようにみなさんの話を私にしてくれます。
ヴァレオさんやエリンちゃん、ギスルさんにベイルさん、ヒビさん。数えきれないくらい、みなさんの名前が出て来るのです。アベルはみなさんを
母さんの話に、奴隷達は大粒の涙を流し始めた。
さっきの涙とは違う――――嬉し涙だ。
僕の胸の奥もぎゅーっと締め付けられるモノを感じる。
「アベルはだからこそ、みなさんに
僕が言葉足らずで色々誤解させてしまったんだろうか……。
奴隷達を早く解放してあげたいという気持ちに嘘はない。
彼らの活躍を聞けば聞くほど、奴隷を卒業して平民に戻っても楽しい人生を送って欲しいと願っている。
だから僕は嬉しかったし、こうしてみんなを奴隷から解放できる日を楽しみにしていたんだ。
「みなさん。アベルの夢は奴隷から解放した人々がまた夢のある人生を送る事だと常々言っていました。みなさんはその第一歩なんです。ですから、どうかアベルの夢を叶えてやってはくださいませんでしょうか」
母さんが深々と頭を下げる。
異世界で奴隷に頭を下げるのは容易なことではない。
ましてや、自分のお店の奴隷となれば、その行為が如何に常識から逸脱しているのか、この場にいる全ての人が理解しているはずだ。
母さんが頭を下げた事で、奴隷達は旅立ちを受け入れてくれた。
僕はもっとみんなが喜んでくれるとばかり思っていたけど、どうしてこうなったんだろうか。
「アベル様……」
「エリンちゃん?」
「…………」
何も言わず俯くエリンちゃん。
「エリンちゃん。僕は勇者にはなれなかったけど、エリンちゃんが聖女様として羽ばたくのを応援しているよ」
「っ! あ、アベル様! いつか……いつか…………本物の勇者のように私の隣に立ってくださいますか?」
「えっ? で、でも僕は勇者じゃないよ?」
「アベル様は勇者という能力は持っていないかも知れません。ですが、私にとってアベル様はこの先もずっと私を救ってくださった勇者様です。アベル様? 勇者という能力がないと勇者ではないのですか?」
「えっ!? そ、そういう訳ではないと思うけど……」
「うふふ。私。ずっと待っています。いつかアベル様がまた私を呼んでくださる日を」
「エリンちゃん…………」
「どうか…………私達を見捨てないでほしい…………です…………」
彼女の頬に大きな涙が流れる。
その涙が何を意味するのかは分からない。
でもどうしてか彼女の気持ちが伝わってくるようだった。
「うん。確かに勇者という能力は授かれなかったけど、これからもエリンちゃんの勇者で居続けるために頑張るよ。いつかみんなが……エリンちゃんが困ったら、必ず助けにいくよ」
「…………はい」
最後に見せてくれたエリンちゃんの笑顔は、今まで見たどんな笑顔よりも――――
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