倦怠期ってのは"慣れ"じゃねえさ。

一 山大

「倦怠期ってのは"慣れ"じゃねえさ」

「急にどうしたんですか、先輩」


 この日の授業は全て終わり、皆が各々の青春を謳歌する時間。

そんな時に、僕もまた青春を見つけ出して謳歌していた。

 今日は豪勢に部員一同での活動。総員は二名。

ここ人間観察部は僕の青春なのだ。


「いいか。これは自論だが、倦怠期ってのは溜まり溜まった不満の放出なのさ」

 右手で鼻を擦りながら真っ直ぐ前を見て語る。

これは先輩が考察に耽る時の癖だ。

それを横目に見るのが僕は好きだった。


「なんでもいい。食べ方、歩き方、笑い方。言葉遣いや呼吸音すらも。およそ人間が出すアクション全てに、無自覚ながらストレスを感じる。だから、好きと囁いた相手にすら不満が溜まっちまうのさ」


 そう小声で説明をした後、先輩は少し長い前髪を揺らしながら、クツクツと笑った。


 このニヒルな雰囲気は本物だ。

けれど、この大きな公園は小学生に人気な様で、響く明るい笑い声のせいか、そんな先輩につい和んでしまった。


 しかし、僕たちの斜め前に座る彼らは確かに距離感と雰囲気がおかしい。

まるで義務感でそこに居るような、何というか、少なくとも楽しそうではない。


「クカカ、気づいたか。私レベルになると俗に言う倦怠期なんてものは一目でわかるんだ……って、おい。なんだその目は」


 隠しながら冷ややかな視線を送っていたつもりだったけれど、見事にバレてしまった。

流石、人間観察部部長の名は伊達じゃない。

 しかし、僕もこの一年で学習した。

このパターンは嘘をついても言い当てられて怒られるだけなのだ。

経験則でしかないけれど、それは僕の中で確定的だった。


「……先輩、人と付き合った事ないですよね。恋人いない歴=年齢ですよね。随分と倦怠期に詳しいんですね。あ、先輩妄想好きですもんね。ああ、それで……」


 先手を取れた、と調子に乗っていた。

言い終わってからようやっと気がついた。

空気が張り詰めている。刺すような視線で胸が痛い。足の指から全ての毛が逆立って、心臓が確かに暴れ出した。


 学習はしたけれど、一言余計なのは改善されていなかったのだ。


「お前は……。お前はいま、私を侮辱したか……?万年独り身の女が、妄想で付き合った気分になっていると、そう言ったのか……?」


 ああ、ああ。マンガだと、ゴゴゴゴゴゴなんて文字が似合いそうだ。暢気にそう思ってしまった。


「ああ、いや、その、ああいや、違うじゃないですか。そんな、いやほら、先輩ってめちゃくちゃ可愛いじゃないですか。怖いフリしてるだけで優しいし、みんなのこと考えてるし」

「……っは?」

「声だってすごく透き通ってるし、髪だってどこも痛んでいなくてさらさらだ。肌もすごく白くて、透明感の塊っていうか」

「おい」

「真顔はすごくクールなのに笑ったらめちゃくちゃ可愛いし」

「なあ!おい!」

「感受性豊かだから、少女漫画をこっそり読んで悶えてるのもすごく可愛いし」

「は!?おい!それ以上喋るな!いいか!殴るぞ!!」

「それに頭も良いじゃないですか。どう完璧じゃないですか。容姿も完璧で頭も良くて、それに性格もすごく優しい。天は二物を与えないなんて言葉、先輩の存在だけで完全否定できるじゃないですか」

「な……。おいぃ……」

「そんな先輩が僕は大好きなわけじゃないですか。そもそもここに入ったのも先輩が居たからだし、先輩が僕の青春っていうか」


 気がついた時には、もう拳が目の前にあった。


「ゴバァッ!!」


 殴られる。そう思った時には、既に地面に抱擁されていたのだ。

視界が歪む。鼻の奥がジンジンと熱い。そのせいか少し涙が出た。


「いやまあ私も……のことは……とはおもってなぃ……けど……」

「え、え?なんて言いました?」

「なんでもない!今日の部活は終わりだ!!」


 そう言って背中を向ける先輩の耳は、少し赤い気がした。

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倦怠期ってのは"慣れ"じゃねえさ。 一 山大 @sakaraka_santya1

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