第21話☆

「佐野、ちょっといいか?」


仕事終わりに一息つこうと、休憩室にいた真澄は呼び止められた。


「斉藤か。このフロアにいるのめずらしいな。どうかしたか?」


営業二課の斉藤だった。真澄の同期で、洲崎とも仲が良いはずだ。

営業担当者が総務課を含むこのフロアに来ることはあまりない。

その表情から、困っている様子がわかる。


「あのさ、最近お前、洲崎と仲良いだろ?あいつから何か聞いてるか?」

「洲崎から?」


洲崎の最近の様子を思い浮かべても、特に変わったところは思い浮かばない。

少し帰りが遅くなったくらいだろうか。

周りに人がいないのを確かめてから、斉藤は話し始めた。


「そうか…。いや、最近様子がおかしいんだよ」


詳しく話を聞くと、データに間違いがあり洲崎の得意先からクレームがきたり、会議に使用する資料を紛失したりと、そのほかにも普段の洲崎なら絶対にしないようなミスが頻発しているとのことだった。


「今日だって、報告書提出するの忘れてたみたいで、課長から疲れてるなら休めって言われて無理やり帰らされたんだぞ?あいつ、本当にどうしちゃったんだよ」

「そうだったのか…」


今さらながら思い返してみると、ここ数日、何か考え事をしている雰囲気ではあった。

洲崎は元々、仕事の愚痴を言うタイプではないから、家では仕事に関する話をほとんどしていない。


(あいつ、何か悩んでたのか?)


お世話されてばかりだった、ここ数日が悔やまれる。


「それでさ、変な噂話知ってるか?」

「あぁ、俺と洲崎が付き合ってるとかいうやつだろ?」


その噂については知っていた。というより、真澄の耳に入る前に洲崎から聞いたのだ。

その時に、おそらく吹聴していると思われる人物についても話をした。

胸の奥に嫌なざわつきを感じる。


「あぁ。実はさ、その噂広めてるの中村係長らしいんだよ」


(そうだろうな)


やはり、そうだった。

例の件で、中村が自分たちを良く思っていないのは確かだ。


新谷に相談した際、大事にしたくないという真澄の希望を汲んで、中村の処分は内々に済まされた。

真澄が殴りかかろうとしたことは未遂であり、事情があったということで不問とされた。

しかし、中村は営業部長から口頭注意を受けることになった。

新谷や営業部長からは減給や出勤停止の処分も提案されたが、酒の席であったことや自分も殴りかかりそうになったことをふまえて、真澄は希望しなかった。


「中村のやつ、出来る若手にはとことん嫌がらせするからな…って呼び捨てしちまった。でも、あいつは係長を名乗る資格ないくらい仕事出来ないから、呼び捨てでいいか」


どうやら斉藤も中村に対する認識は真澄と同じらしい。


「あ、ごめん、話逸れたな。まぁ、ここからが大事な話だ。俺の勝手な予想なんだけど…ここ最近の洲崎のミスは中村が仕組んでるんじゃないかと思うんだよ」

「え?」


確かに、そう考えると点と点がつながる。

日ごろの家政夫ぶりを見ているからこそわかる。

洲崎は慎重だ。そして丁寧だ。

失敗したら対策する、そういう性格だ。

立て続けに凡ミスを犯すような真似はしない。


(中村のやつ…)


再び怒りが込み上げる。

どうにかして、嫌がらせをやめさせたい。

もうこれ以上、洲崎に嫌な思いをしてほしくない。

そう考えるうちに、自分でも意外な言葉を発していた。


「斉藤、力を貸してくれないか」


斉藤は驚いた顔をしたが、すぐに快諾してくれた。




まず、真澄は激励会で起ったことについて話すことにした。

中村からセクハラをされたこと、それに怒った真澄が殴りかかろうとしたこと、それを洲崎が止めてくれたこと、全てを話す。


「中村の野郎、本当にクソだな。てか佐野も人殴りたくなることあるんだ、意外…。でも殴った方がすっきりしたかもな。俺だったら頬骨無くなるくらい殴ってるとこだわ。洲崎はお人良しだから、そういう時止めちゃうんだよな」


どのような反応をされるか不安だったが、斉藤の素直な感想に心が軽くなった。

性格的に洲崎とは違うタイプだが、話しやすいところは似ていて好感が持てる。

むしろ気が合うかもしれない。


それから、新谷に相談して、中村が受けた処分についても話した。


「はぁ?そんな激甘処分で良いのか?それなのにあいつ、恩に着るどころか噂流して、嫌がらせしてんのかよ…許せねぇ。もう、あいつやっちまおうぜ?はい、決定」


斉藤は鼻息が荒くなるほど怒ってくれた。

話して良かった、と心から思う。


「でも、まずは中村がやったっていう証拠を見つけないと…」

「お、佐野も呼び捨てしたな?良い心がけだ!ってそれは置いといて。俺に考えがある」


休憩室の片隅で、斉藤は意地悪そうに微笑んだ。

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