第15話☆

書類が揃っているのを確認すると、真澄は一息ついた。

すると、すぐに洲崎のことが頭に浮かぶ。


最近、様子がおかしい。

ここ数日、どうもよそよそしい気がする。


最初に気づいたのは先週の土曜だった。

用事があると言って帰ったにも関わらず戻ってきた洲崎だったが、どこか挙動不審だった。

夕飯の鍋も味付けが薄かった。

真澄はそういう味付けなのだと思っていたのだが、調味料を入れ忘れたらしく、珍しいミスに本人はひどく落ち込んでいた。


それ以来、毎日家にやってきて家事を一通りするものの、目が合わない。

いつもならしっかり人の目を見て話すタイプなのだが、合わない。

一度、無理矢理合わそうとしたら


「やめてくれないか。俺は今、メデューサの呪いにかかっている…」


と、とても正気とは思えないことを言われた。


(やっぱり病院に連れて行くべきじゃないか?絶対、ネギのせいだと思うんだよな…)


元々、病的なレベルで世話好きだったり、おかしい部分がある洲崎だったが、さらに何かしら不具合がでた可能性もある。

今夜もうちに寄るはずだから帰ってから話すか、と心に決める。


「佐野さん、今忙しいですか?」

「いいえ、特に。何か手伝いましょうか?」


先輩の三木が話しかけてきた。


「いえ、ただの報告です。今度の激励会、他の課と合同になりそうです。部長によると全員参加が望ましいとのことでした」

「そうですか」


そうですか、と言ったものの激励会という名のただの飲み会は心底行きたくなかった。

しかも「望ましい」という言葉の圧。参加しないわけにはいかない。


唯一の救いは、規模の大きい宴会の場合は総務課によってあらかじめ席順を決められることだ。


その主な担当は三木なのだが、席決めのセンスの良さには定評がある。

おそらく三木も飲み会は遠慮したいタイプなのだと思う。

毎回、面倒そうな人物から総務課を遠ざけるように配置してくれているのだ。

その絶妙な配置のおかげで、中盤の席移動が活発になる時間帯になっても真澄の周りは誰も席を移動しないから正直ありがたい。

声高にはしゃぐ者たちや無駄に絡んでくる他の課員が隣に来たら、と思うとますます苦痛でしかない。

終盤になると二次会への誘いもあるが、総務課は会計時のどさくさに紛れて霧のように解散するのが常だ。

課長は早く帰宅したいそうだし、三木以外の他の同僚も飲み会が好きなタイプではないため、そのあたりの結束は固かった。

総務課で良かった、飲み会のたびに真澄は心からそう思うのだった。


「あと…プライベートなことについて質問が。もし不快に思われるなら、お答えいただかなくても結構です」

「え?な、何ですか…?」


珍しいことが起きている。

三木が真澄のプライベートなことについて質問してきたことなど、これまで数年一緒に働いてきた中で一度もなかった。

それだけに、何を質問されるのかわからない怖さがある。


「最近、洲崎さんと仲が良いらしいですね」


(なんだ、そんなことかよ。身構えて損した)

「あ、はい。同期なので」


かしこまって聞かれるほどの内容でなかったことに、体の力が抜けた。


「朝も一緒に来ていると聞きましたが、本当でしょうか?」

「えぇ。洲崎が会社行く前にうちに寄ったりするんで、一緒に来たりしてますね」

「…そうですか。私からの質問は以上です。ありがとうございました」


肩透かしを食らうような内容だったが、三木にとっては充分だったのか、すぐに別の業務に取り掛かっていた。


(何だったんだ、今の。もしかして…)


一つの可能性が頭をよぎる。


(三木さん、洲崎のことが好きなのか…?)


あの不自然な問いも、そういうことなら納得がいく。

色恋沙汰とは距離を置いていそうな三木が、わずかながらに積極性を見せたことは意外だった。

きっとライバルが多いのだろう。


確かに、洲崎を好きになるのも無理はない。

顔は良いし、高身長。

出世頭で将来性も問題ない。

性格も悪くはない。

変態レベルの世話好きという点を除けば、むしろ良い方だ。

横暴な真澄の態度を許すほど、懐も大きい。

今のところ口も堅い。

さらに料理と家事はそこら辺のベテラン主婦を凌駕する程、レベルが高い。


(そういえば、結局あいつ恋人いんのか…?今日こそ聞いてみるか。もしいなければ、それとなく三木さんをプッシュしてみるのも良いな。面白いことになったぞ!ひひひ)


自ら積極的にしているとは言え、家事をしてもらっている真澄としては、洲崎への褒美として仲人役を買って出るのも悪くない。

二人が恋人になった姿を想像してみる。

営業課のエースと総務課のくノ一。

堅実なカップルで良い家庭を築きそうな気がする。


(そうか。洲崎がいつか家庭を持ったら、俺のお世話は出来なくなるよな…)


当たり前のことだ。

しかし、なぜか真澄の胸の奥がチリチリと痛んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る