第8話★
(やっぱり、あいつ面白いよな…)
にやけそうになるのを我慢しつつ、洲崎友介は混み合うスーパーでキャベツを手に取った。
早く帰るために休憩時間も返上して仕事を片付けたが、洲崎にとっては全く苦ではなかった。
むしろ気分が良いし、調子も良い。
仕事の効率もいつもより格段に上がった。
ふと、「変態家事フェチ野郎」と思い切り罵られたことを思い出して、吹き出しそうになる。
これほど核心をつくことを言われたのは初めてだった。
変態についてはまぁ置いておくとして、家事フェチ野郎に関しては全くもってその通りだった。
家事や世話をすることは、洲崎には欠かせないアイデンティティの一部と言っても過言ではないからだ。
洲崎は五人兄弟の長男だ。
働く意欲が旺盛な両親は共に忙しく留守がちで、幼い頃から弟妹の面倒を見るのは自分の役割だった。
その上、動物好きの弟妹達が捨てられた犬や猫達を拾ってくることもあり、実家は動物園並の賑やかさだった。
普通の人間ならきっと、その環境に嫌気がさしてしまうところだが、洲崎にとってはむしろ好ましかった。
元々の性分というのもあるけれど、弟妹に頼られるのはうれしいし、何かをしてあげたことで喜ばれるのはもっとうれしい。
犬や猫も、最初は警戒していたのが徐々に懐いてくれるようになるのは、たまらなく幸せだった。
そして、その性分はいつしか家族以外にも発揮されるようになった。
なんとなく「ほっとけない感じの人」に惹かれてしまうのだ。
友人としてはありがたがられ、良い関係を築ける。
しかし、恋人となるとそうはいかなくなることが多かった。
付き合いたての頃は良いけれど次第に都合良く扱われ、その挙句に重たすぎる、とか馬鹿にされてる気がする、と言われて終わる。
どうやら洲崎の世話スキルは恋愛との相性が良くないようだった。
だからここ数年は、恋愛とは距離を置いて仕事に集中するようになったのだが、そこで問題が生じた。
仕事でストレスが溜まると、どうしようもなく家事や何かしらの世話がしたくなってしまうのだ。
当初はその欲求を満たすべく、わざわざ実家に帰っていた。
常に綺麗にしている自宅は家事のやり甲斐がなく、物足りなくなってしまっていたからだ。
しかし、すぐ下の妹はすでに就職していて遠方にいるし、その下の弟は院生で家にいないことも多い。
歳の離れた中学生の双子の妹達は絶賛反抗期で、昔のように世話を焼けなくなってしまった。
なんとなく寂しい気持ちで犬猫の世話をし、無我夢中で家の内外を隅から隅まで磨き上げたところ、あらゆる場所がピカピカすぎて光の反射で目が疲れる、という苦情を家族中から頂いた。
家が駄目なら、と庭仕事に精を出すようになると、
「兄ちゃん。この間、友達のお母さんからイケメンの庭師うちにも紹介してって言われたんだけど」
「え?庭師の知り合いとかいないけどな…」
「違う、兄ちゃんのこと」
「え」
「近所の人達、兄ちゃんのこと庭師だと思ってるよ」
双子達に釘を刺されてしまったため、しばらくは庭仕事もできそうにない。
このままでは、溢れんばかりの世話欲の持っていき場がない。
そんな時だった。
究極の「ほっとけない感じの人」を見つけたのは。
洲崎が思うに、百年に一人の逸材。
それが同期の佐野だった。
入社式で初めて見た時から気になる存在ではあった。
「おい、見ろよ。とんでもないイケメンがいるぞ」
「え?」
同じ大学の友人で、同期でもある斉藤がこっそり耳打ちしてきた。
指差した先には、自然な明るい髪色で細身のスーツの男がいた。
それが佐野真澄だった。
(なんだ、あの雰囲気というかオーラは…)
透明感のある整った顔立ちに、凛とした佇まい。
今まで出会ったどんな人とも違う空気を纏っていた。
視線が縫い留められる程の容姿をしている上に、仕事も出来た。
研修の時から何事もそつなくこなし、さらにその存在を目立たせていた。
だから研修後には、会社の花形部署である営業一課に配属されて、同期の出世頭になるに違いないと噂されていた。
しかし、佐野が配属されたのは総務だった。
その辞令に社内の人間は皆驚いたのだが、それは洲崎も例外ではなかった。
しばらくして事情通から聞いた話によると、佐野は当初から総務を希望していて、念願叶っての配属だったそうだ。
その話は洲崎にとって初耳だったし、他の同期達も誰も知らなかった。
思い返してみると、佐野は一見人当たりが良さそうに見えて、一定の距離を保つタイプのようだった。
踏み込んだ話をすると絶妙にかわされる。
誰とでも仲が良さそうに見えるが、特定の誰かと仲が良いわけではない。
社内では、何とか佐野と仲良くなろうと試みた者たちが大勢いたが、誰一人として佐野の「特別」になることは出来なかった。
自分なら、と洲崎は密かに思っていた。
ただ、機会が全く無いままに時は過ぎた。
だからあの時、思い切って飲みに誘って良かったと心から思う。
傷ついたように見えた佐野を元気づけたいという気持ちもあったが、単純に距離を縮めたかった。
完全にダメ元だったが、二人で飲みに行ってくれるとは自分でも驚きだった。
そしてまた、先日の記憶が蘇る。
(だめだ…思い出すと笑ってしまう)
こんなに思い出し笑いが止まらないのは、もちろん佐野のせいだ。
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