真偽の鏡

紫陽花の花びら

第1話

 疲れたよ!腹立つ会社だっ。

馬鹿にするな!辞めてやる!と言いたい所だが、この歳で次見つけるのは至難の技だよね。

 畜生、さぼる! そう言えば、さっきチラシ貰ったな。

あ~これだっ。

上着のポケットから出してみると、かみさんもなんか言ってた、

会社の近くに出来たリラクゼーションルームとか何とか。

最近会話もないし、記憶は定かではないけど。

えぇっと、お~ここか。

「いらっしゃいませ。どうぞ、どうぞ」

穏やかな口調の男性に半ば強引に

店の中に引き入れられた。

アンティークショップみたいな雰囲気。

中央にでかい鏡がある。

あっ!鏡に映っているのは俺たちの部屋だ。

振り返ると当然同じ部屋がそこにある。

何故?なんでそうなる?

なんか怖い……

あっ、冴子!お帰り。

どうした?泣いているのか?

良いよ無理するな、飯の支度なんてしなくて良いから!帰ったら聞いてやる。

ガダン、背後から聞こえてきた音。

振り返るが誰もいない。


俺は冴子を目で追う。

暫くソファに蹲っていたが、立ち上がると寝室へ入って行った。


部屋着に着替えた冴子は、洗面所から戻ると、そのままキッチンで料理を始めた。

今夜はなんだろ? 腹の虫が騒ぎ始めている。

テーブルに置かれたフォークが、パスタだと教えている。

ペスカトーレだと嬉しいんだがなぁ。

冴子のペスカトーレは美味い。

ガダン……なんだ? まあ良い。

おっ!お前……いつ帰ってきた?

お前は……俺だ。

なんだしけた面していやがる。

冴子は気づかない。

 えっ?お前は声かけないのか?

俺は黙って書斎に入り、着替えを済ませると、面倒くさそうにキッチンに向かって声をかける。

びっくりした冴子は、作り笑顔で頷き、そして小さく溜息をついた。

 俺は出されたものを、黙々と食べて食事を終える。

「美味しかった?」

「まあな」

その後は気まずさと言う重しが残るたけだ。

ガダン……本当なんだよ!って言うか、お前!お前!いや俺だよ!もっと気の利いたこと言えねぇのかぁ?

疲れて帰ってきた冴子が、好物のペスカトーレ作ったんだぞ。

もっと有り難がれよ。

拙い、携帯が雪だと唸っている。

そう、俺は会社の後輩と浮気をしている。

黙って書斎に入る俺の背中向かって、

「後でお茶持ってくね」

俺は返事もしない。

 冴子は下を向いたままだ。

「如何してこうなったのかなぁ

どこで間違えたの……私たち」

そう呟いている。

ガダン……ガダン……ガダン……

煩いな!


おい!お前浮気やめろ!俺だよ!

冴子を泣かすなんておかしいだろう? どうする事も出ないもどかしさが募る。

今すぐ抱き締めたいんだ。

冴子!泣かないで。

 キッチンの片づけを終えた冴子は、そそくさとシャワーを浴びてリビングに戻ってきた。

そして、俺の為にお茶を入れている。

「お茶持ってきたよ」

「そこに置いといて」

「うん……お休み」

返事は無い。 

ドアも開けないのか?

辛い……なんだ……これ?

俺は何を見せられているんだ。

鏡を叩く、叩く、冴子!

ごめんな!

寝室の中が見える。

ベッドに散らばるのは写真か?

破り損ねた一枚が鏡に映り込む。

俺は驚愕した。

浮気の現場……証拠写真だ。

ラブホから出て来る俺と雪。

調べたんだね。

だから泣いていたのか。

話したい! ちゃんと話したい。


ガダガダガダガダ……

振り返ると何も無かった。

部屋には何一つ無かった。

愕然としている俺の肩を叩いた男は、

「如何でしたか?お楽しみ頂けましたでしょうか。真偽の鏡」

俺は慌てて鏡のキャッチコピーを見る。

「特価!鏡に映る世界は嘘か本当か少し先が見える?鏡!なんと五万円」

えっ?俺?どうした……

あ~あ~あまりの社畜に我慢できずこんな所で油売っていたんだ!

俺は猛ダッシュで会社に戻る。


売り場の鏡がガダンと揺れた。

「さて、このような演出でよろしかったでしょうか?」

「有難うございました!これであの人も、優しい旦那様に戻ってくれると思います。きっと」

 俺は会社で偶然、雪に会った。

「主任~今日ご飯行きましょう~」

ウッ良い~おっと待て。

「悪いなぁ。今日はかみさんと約束しているんだよ。またみんなで行こうなっ」

 花を買いワインを買い、部屋の鍵を開ける。

お~ニンニク、魚介の香りだっ。堪らん!

「ただいま冴子!」

キッチンから顔を出した冴子は満面の笑みだ!

「いつも有難うなぁ。これ」

もじもじと花を差し出すと

「わあ素敵なお花~有難う慶ちゃん!」


「冴子大好きだからな! 俺を信じろよ」

「判ってる……でも言葉にして貰えて千倍嬉しい!」

「パスタ茹でてる?」

「まだ、これからだけど?」

よっしゃ!

「では一戦交えましょうぞ」

「ほ~受けてたつぞよ」

それからン時間後。

やっと夕食と為りましたとさ。


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