王都への帰還

第58話 終わらない

 数日かかったとはいえ、これまでの旅路を思えば、王都まではあっという間だった。ミック達はまっすぐ城に向かい、王との謁見を求めた。少し心配していたが、門兵はミック達が来たらすぐ通すよう伝えられているらしく、とてもスムーズに案内された。


 謁見の間に久々に足を踏み入れた。とても懐かしい気持ちになる。ここで突然旅に出ろと言い渡されたのだ。あの時は本当に驚いた。玉座に座る王の顔は、あの時はまるで違っていた。とても穏やかで明るい表情だ。ミック達は片膝を付き、挨拶をしようとした。


「作法は省略して良い。面をあげよ。」


ダンデ王の声は、軽やかで優しささえ感じさせる響きだった。


「結果から言おう。姫は目覚めた。」


ディルが安堵の溜息を漏らしたのが聞こえた。ゾルを倒したとはいえ、安心しきれなかったのだろう。


「姫、こちらへ。」


王に呼ばれて玉座の影からザーナ姫が現れた。式典で見て以来だ。あの時も思ったが、グレーに輝く髪や透き通るような白い肌がとても美しい。ミックのイメージする王国の姫そのものだった。ザーナ姫の顔色は良く足取りもしっかりしているが、表情は曇っていた。


「皆様、この度は私の不甲斐なさが原因で大変な思いをさせてしまい申し訳ございませんでした。あとお二人、いらっしゃるんですよね?その方々にも私からお話をさせていただきたいと思っています。」


ディルはなにか言いたそうだったが、言葉が出ないようだった。少し口を開けてすぐ閉じてしまった。姫はミック達を見たが、ディルの方へは目を向けなかった。


「それは、もういい。それより俺が知りたいのは、貴様の言う不甲斐なさに漬け込んだ奴がいるかどうかだ。どうせ調べているのだろう、ダンデ?」


ええー、姫様を貴様呼ばわり!王様を呼び捨て!!ミックは口をあんぐりと開けてラズを見つめた。初めて玉座の間に来たときも城巫女にタメ口だったので、驚いたのを覚えている。幼い頃から城預かりとは言っていたが、呼び捨て…。


「私にそんな風に口を利くのはお前だけだよ、全く…。」


ダンデ王はやれやれと首を振った。ミック達にまた目線を戻したときには、先程とは目つきが変わっていた。


「ラズ、お前の言う通りだ。我々はディルの周辺を調査した。そして、判明した事実が一つ。鳶の塊がニ年前襲われた病は、理望に仕組まれたものだということ。」


「そんな…!原因は子供の持ち帰った山菜だったはず…。」


ディルは信じられないといった顔をしている。


「その通りだ。しかし、本来であればその量の山菜が原因でユーリナ病にはならない。誰かが呪いをかけていた。それが理望だ。」


王は続けた。


「理望はずっと姫を狙っていたんだ。しかし、王都の中の城までは流石に辿り着けない。だから、すきを作ろうとした。恐らく奴にとって誤算だったのは、姫の真名を半分しか知れなかったことと、真名を知ったゾルが協力的ではなかったことだ。」


ディルと姫が惹かれ合うことまで計画のうちだったのだろうか。そこまで人の心の機微がわかるのだろうか。人の嫌がることを巧みに突いてくる理望だ。もしかしたら、その逆の人が喜んだり楽しんだりすることも、熟知しているのかもしれない。恐ろしいやつだ。


「姫の真名を取り返してくれたお前達に、図々しくもさらなる頼みがある。」


ラズが王に質問したときからなんとなく予想はしていた。


「理望を、倒してくれ。」


王が頭を下げた。ああ、やはりこうなった。こんなものを断れるわけがない。この旅はまだ、終わらない。





 楽しみにしていたロッテとの再会は、先延ばしになってしまった。それどころか、せっかく姫の真名を取り戻したのに、この国にはまだ平和が戻ってきていないというのだ。そんな状況にも関わらず、ミックは旅がまだ終わらないことを、少し嬉しく感じている自分がいることに戸惑った。


時折、モデローザの雪原でラズに抱きしめられたことが頭を掠めたが、その度急いで別のことを考えるようにした。

 

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