第7話 野宿

 明るい森の中の街道を一行は進んでいく。鳥が鳴き交わし、羽ばたき、戯れている。渓流のせせらぎが耳に心地よい。傾斜は少しあるが、天気は良く、物流のためある程度整備されている道なので歩いていてとても気持ちが良い…はずなのだが…


「ちょ、待って。休憩!」


ぜえぜえと苦しそうな息遣いのシュートが、足を止めた。気持ちよく歩く、とは程遠い光景だ。旅をスタートしカーディアを出て二日目。低級のガラと戦ったのが昨日の昼前だ。


「先程昼食を食べたばかりではないか!貴様のペースではいつまで経っても目的地にたどり着かん。」


ラズはイライラしているようだった。まあでも、これが彼の普通なんだろうな、とそろそろ慣れてきたミックは思った。


「だってお前…昨日から食事の時以外ずっと歩いてんじゃねぇか。夜は見張り立てなきゃなんねぇし。」


シュートはもう座り込んでいる。


「確かに、普段歩いてない人にはキツいかもねぇ。」


ミックは近くの枝に馬の手綱をひっかけた。


 もらい受けた馬は、賢く力強い白馬だ。名前はクリフだという。動物に真名はない。と言うよりは、あるのかもしれないが、人には知りようがない。人は生まれる前に、名付けの儀式によって真名が付けられる。そして初めて魂と肉体がかっちりと結びつきこの世に存在することができる。もしも名付けの儀式を行わなかった場合、魂のない肉体だけが生まれる。そしてその肉体は徐々に消えていく。


動物が名付けの儀式をするという話はないから、人間とは肉体と魂の結びつき方が違うと考えられている。ミックは、クリフにもし真名があるならどんな感じなんだろうか、やっぱり馬の鳴き声みたいな音なのかな、とぼんやり考えながら、シュートの隣に座り荷物を降ろさせた。


「俺もちょうど水を汲みたかったから、ここで小休憩にしよう。」


ディルも荷物をおろした。水筒の革袋をシュートの分も持って、水の流れる音のする方へと駆けていった。


食料や調理器具、着替えや武器の予備など最低限の物とはいえ荷物はかなりの量だ。やっぱり馬車の方が良かったんじゃないかな、と疲れ切っているシュートを見てミックは思った。


 今ミックたちがいる場所からあと五日程歩けば、宿場町のバートに着く。そこからさらに歩きだと八日で、目的地のマルビナだ。歩きやすい道とはいえ、王都で暮らしている一般人にはかなりの運動量だ。加えて、町に着かない限りは野宿だ。屋根の下ベッドで眠るのと、吹きさらしの中草の上で眠るのとでは、睡眠の質にかなりの差があり体力の回復具合も変わってくる。


先ほどシュートがこぼしていたが、野宿の場合は見張りも必要だ。野盗に襲われるかもしれないし、ガラは夜の方が活発だ。交代で起きて、緊急時に備える。初めての長期野外訓練の後には、へとへとに疲れて熱を出したことをミックは思い出した。


「座ってる間に、少しだけさっき話したのやってみない?」


ベルがへたり込んでいるシュートに話しかけた。


「おう、掌に集中するってやつか。」


シュートは右手を開いて見つめた。というか、力んでいるので睨んでいるように見える。数秒たつと、シュートの掌にうっすらと氷がはり始めた。


「うわっ、すごい!シュート要領つかむの早いね!」


ミックは感心してしまった。昨日魔力があるとわかったばかりなのに、もう具体化することができている。


「でも、本当は氷の塊を出したいんだけどな。」


シュートは、はーっと止めていた息を吐いた。


「それを歩きながらでも食べながらでも、練習するといいわよ。そのうち自分の手足を動かすように氷を操れるようになるから。」


ベルはにっこりと笑った。


ディルは気が強いと言っていたが、ミックには今のところベルは頼りになる優しいお姉さんのようにしか見えない。美人でスタイルもいいし、踊り子として大人気だったのではないかとミックは推察している。


「力みすぎだ。呼吸は止めず腹から深くした方がいい。それに氷の塊を出したいのなら、そのイメージをしっかり頭の中で作ってから魔力を練るんだ。闇雲に力を入れても消耗するだけだ。」


ふんっと鼻をならしたのはラズだ。シュートが首を傾げた。


「お前、魔力はないって言ってなかったか?」

「…知識として知っているだけだ。これくらいのことは隊でも教わる。」


そうだったっけ…とミックも首を傾げ記憶を辿った。第四部隊の魔力を持つもののする訓練の初歩は、全部隊が行うのは確かだ。万が一後に魔力が上がり第四部隊に引き入れることができるものが現れる可能性を考えてのことだ。しかし、十分な魔力を持っていないものが、魔力再現化のコツをそこまで具体的に掴めるものだっただろうか。0粋の自分と多少ある人とでは感覚が違うのかもしれない。


「あと、魔法の訓練は俺もすべきだと思うが、結局体力を消耗するからな。旅の進みに遅れが出ないよう調整しろ。」

「それもそうね。ほどほどに頑張って!」


ベルが元気づけるようにシュートの背中を叩いた。普通の人がやれば何ともない行動だが、ベルだ。シュートはつんのめってそのまま前転を一回した。少なくとも物理的なパワーという点において、ベルが強いというのは間違いない、とミックはここで再確認した。


ディルが水汲みから戻り、一行はまた歩き出した。


 夕方近くになってまたシュートが遅れだした。ミックは横に並んだ。


「頑張って!もう少しで夕飯の時間だよ。今日はじゃがいもスープ!あと、さっきとったお魚の塩焼き!」


言いながらお腹がなりそうになり、ミックは体に力を入れた。


「お前…本当に元気だな。見た目によらず体力あるよな。」

「一応兵士だからね。夜行訓練では夜の間ずっと五十キログラムの荷物を持って歩き続けるんだよ。それに比べれば、まだ楽かな。」

「近衛兵って大変なんだな。俺はこれから、もっと感謝することにする。お前は中等教育終わってからすぐ入隊したのか?」


近衛兵には中等教育を終えた十四歳から入団することができる。もちろん、それより上の年齢で入ることも可能だが、大抵は初等、中等教育を終えてそのまま入団する。入団しないものは高等教育へ進学したり、職人の弟子になったりと様々な道へと進んでいく。


「そうだよ。私は入隊して二年。ガラの討伐任務は四回目。あ、これを討伐任務って言うのかわからないけど。」


シュートはふうん、と感心したように頷き、顎で大分前を急ぐラズを指して疑問を口にした。


「あいつ…ラズとは同期なのか?」

「多分違うと思う。でも、わかんないな。他の部隊とはあまり一緒に訓練しないんだ。任務では部隊混合で班が編成されるけど、ラズとは一緒になったことはないなぁ。」


突然、前方から木の棒が飛んできてミックはキャッチした。と、もう一本飛んできた。ラズが投げてよこしたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る