第10話 ――熱戦

 次の日

 いつも騒がしい先輩達が少しソワソワしていた。なんか俺まで緊張する。

「という事で、今回は大事な試合だ。それぞれがベストを出せるように悔いの残らないように精一杯やれ。」

「「はい!」」



 先生の挨拶がいつもより力が入り、皆も覇気がこれまで以上にあるのがよく分かる。

「先輩、頑張ってください!」


 会が終わると、俺達が作ったミサンガを先輩に渡す。大会前にミサンガを渡すのが伝統らしい。

「おっ上手いじゃないか!」

「ありがとうございます。」

(春と一緒に練習して良かったな)


 ――2週間前

「えっ、ミサンガ?」

「あぁ。」

 俺は、LINEに送られてきた意味の分からない作り方を春に見せながら尋ねた。


「じゃあ、糸買ってきて! 」

「えっ?」


「だって、雨季くんが作らないと意味ないじゃん。」

 春と買い物にいき、買った糸を彼女に渡し横で見せて貰った。春は器用に操つるようにしていたが、俺は一生懸命編むので精一杯だ。


「ほら、見てないで編む。」

「あ…あぁ!」

 今となれば春がいてくれて助かったな。



「昨日は休めたわ〜」

「そうか。今日が調整だったな。」

 俺は晴矢達1年と補助員用の紙を睨めていた。


「……で、どうすんだ?」

「そうだな。こことここは俺が行く。これなら、練習時間取れるか?」


「あっうちもいけるわ!手伝うけん。」

「俺は夕方行くわ。高跳び見たいし。」

 俺は、意見を聞きながら紙に書き予定をくんでいく。


「よし、じゃあこれで」

 もう1枚を紙に写し、先輩と打ち合わせしながら表を作る。これで補助は何とかなりそうだ。


 今回は、記録運搬と棒高と先輩のビデオとやることだらけだな。

「マネージャー、レッドグリー!」

「俺、いくら。」

「パン欲しいわ。」


「わかりました!」

 いつもはのんびりしているが今回はそうはいかない。種目は3日間だがこの朝は予選ばかりだ。

 短距離に取っては最初の鬼門になる。


「らっしゃせー」

 沢山の選手にバイトの人が驚きながらも、コンビニの在庫は余裕を持っている。

 俺は頼まれたものを山ずみにカゴにいれ会計を済ます。


「あざした〜」

 終わった。俺が外に出て空気を吸っていると誰かの視線があった。

 草原か。ボカリを飲みながら休んでいる様子だった。


「今日、総体だね。」

「あっ……ああ。」

 前に会ってから、久しぶりだな。


「ちょっと走ろうよ。」

 彼女に誘われ、軽くジョギングをしながら帰っていく。

「今日見に来てね。」

「あぁ」



「本当は、雨季くんと全国に…」

「え?」

 とボソッと呟いた為かあまり聞き取れなかった。


「全国? ……きっといけるさ。」

 俺は、軽く励ますと草原は何か気まずそうにしている。と思えば、大変な事を思い出したかのような表情になった。


「あの、実は、水川先輩私と同じ学校なんだ。」

「っ………そうか。」

 俺は草原の元を去ろうとすると、


「き、気をつけて!! 雨季くん。あの先輩まだ」



「大丈夫。覚悟はしてるから。頑張ってくれ。」

 水川先輩は前にコンビニでいた先輩だ。大体分かっている。あの先輩に恨まれている事くらいはな。


 申し訳なさと共に、3年生だったら良かったのになと思いながら待機場に戻った。




「オーヤーマーク……セットっ」

「雨季くん、頼んだよ」

 iPadのビデオを起動させ構える。


「頑張れ〜雨季くんの先輩〜!!」

 バン!!

 ピッ


「速い速い!抜け抜け〜!!」

 春は楽しそうに飛び上がっている。


「ヤバっ! 新記録じゃん!!」

「こういう時だけ調子いいんだよな」

 先輩達は予選をどんどん勝ち上がっていった。


 確かにダメだった先輩もいる。でも、先輩がフィールドに礼をする様子は明るく輝いて見えた。


「これ。お願い雨季くん。」

「はい、わかりました!」


 テープを手に貼り付けながら、掲示板に貼っていると春が暑そうに来ていた。

「疲れた〜。応援って疲れるね。」

「じゃあ人がいない所で飲むか?」


 俺は人が少ない影に連れていき水を渡した。ここなら水が浮いていても大丈夫だろう。


「はぁ〜美味しい!」

「良かった。じゃあまだあるから。」


「うん!」

 彼女からみずを受け取り、場に戻ると晴矢が待っていた。


「おっ雨季〜、俺に任せてくれ! もう棒高だろ?」

 俺は晴矢に言われ腕時計を見た。もう時間か。


『見に来てね』

 草原に言われていたな。そう言えば。


「サンキュ、晴矢。」

「おう!」



「3m30、1回目。 アップライト60!」

 藤田先生の指示に合わせ、横のメモリに支柱をずらす。



 草原はまだ動かない。トラックを跳んだり跳ねたりしている。


 3m50になって強豪勢が立ち上がってきた。最近は男子くらいを跳ぶんだな。


 ――3m50cm アップライト30 草原

「お願いします」


 ガッ!

 草原は意地で足をあげ跳びこえる。


「やった!」

「あぁ。まだいける。」

 こんな会話をしたのは2年ぶりだな。2年経つと、あの時より遥かに進化していると実感した。



 その後、前虹という少女だけが残っていた。3m90――をも跳びこえる。あの3年、凄いな。


 試合が終わると、ユニフォームに上着のジャージをかけた草原が走ってきた。

「雨季くんがいてくれたから3位だった! これで次の大会が出場出来るよ!」

「そうか。おめでとう草原。」

 

 彼女は、少し寂しそうに頷き手を振りながら表彰式へ向かっていった。


 春は上で静かに見下ろしていた。そして、あの先輩も視線もある。


「お疲れ。雨季くん。」


 俺は観覧席で表彰を見守っていた。見ろって言われたし。

「ねぇ、あの子誰?」

「ただの知り合いだよ。それだけ。」


 何か、意識してないのに言い方に棘があった気がする。草原は、ただの知り合いだし間違ってないが。


「なんか寂しかった。」

 春は、俺を見ながら少し口を膨らませる。


「何で?」

「わかんない」

 俺は、首を傾げながらも言葉を交わしていた。



「そうそう雨季くん。」

 春は俺の裾を掴む。


「っ?」

「また夢を見たよ。今日。」

 俺はパッと春の顔を見た。


「ある島にいったらね。子供が溺れていたんだ。慌てていたら、誰かが飛び込んで助けてくれたの。」

 なんだそれは。


 でも、事件か。俺はその日を特定出来ないし、いや彼女がトリガーとなって事件が起きるのか?


「なんか、行った方がいい気がする。」

「でも」

 明日も明後日も大会だ。休みがあるなら日曜日か。


「次の日曜日だ。日が分かるなら速めるが」

「いや、いい。日曜日に行こ!」

 俺は久しぶりに彼女と出かける約束をした。

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