第2話 ――始まりの環境

三須輝みすて 雨季うきです。中学は陸上をしてました。好きな事は……街を散歩することです。」

 入学式が終わり席に着くと、自己紹介が始まった。俺は、適当に黒板に書かれた例文を見ながらハキハキと声を出す。とりあえず、最初で変に落ちる訳にも浮くのもしたくない。


 ありきたりだけど、よく分からない。そんな趣味だなーと脳内では考えていた。


 自信があるようにしていれば、突っ込まれる事はないだろう。

「じゃあ、雨季くん。高校で何部に入る?」


(……っ)

 先生は、俺の話を広げようと質問をしてきた。優しげな笑顔が俺にとっては悪魔のように見える。


「陸上部に」

「専門とかはある?」



「………マネージャーに」

 そう言うと、ニコニコ聞いていた先生が、えっ?と驚いた顔に一瞬変わった。

 周りからも少しざわめきが聞こえてくる。


もうこれ以上は聞かれたくない。この空気が窮屈でたまらない。



「そっか。じゃあ、中学の経験を活かしてマネージャーでしか出来ない事をして欲しいな。はい、次!」

 先生は、顔色を察したかのようにフォローをいれ次に回す。俺は、ホッとしながら席に座った。



「私はなつみっていいます! なっちゃんって呼んでください!」

 次に立ち上がった女の子がそう言うと、クスッとした雰囲気が教室を包む。

 きっとこの子は上手くいくだろうな。


 もっと他の事を言っていれば良かったかもな。

 俺は不安と後悔を振り落としながら、チャイムの音を待っていた。




 キーンコーン

 待っていれば、待っているほど、時間はゆっくり流れるものだ。20分が2時間のように長く感じる。


「はい、じゃあ明日から! 皆で頑張りましょう!」

 先生が軽くお辞儀をして教室を出ていった。

 その途端、皆が一斉に「終わったー!」と緊張がほぐれたように背伸びをしている。そして、目をつけていた人に話しかけていく。友達っぽいグループもできつつある。俺はコミュニケーション苦手だからな。



(さて……帰るか。)

 荷物を入れた鞄を背負い教室を出ようとした。


 ガッ

「――っえ?」

 振り向くと、坊主の少年がニカッと笑いながら肩を持っている。


「えーと」

「なぁお前、雨季って言っただろ? 俺も陸上部志望なんだよ! 良かったら一緒に見学しよーぜ!!」

 俺以外に、陸上部の志望がいるとは。

 ずっと自己紹介について考えてはいたが、終わった後は上の空だった。


 ちゃんと名前まで知ってくれているし、名前を覚えない自分が申し訳ない。


 見学か。

 どうせ、行くことにはなるんだし速めに行っておいても変わらないか。



「あぁ、一緒に行ってくれると助かるよ。あと……名前、確認していい?」

「いいぜ! 俺は、杉縁すぎぶち 晴矢せいや。晴矢って呼んでくれ!!」

「よろしく、晴矢。」

 俺は、晴矢と共に陸上部のミーティング室に足を運んだ。まさかこんなに速く話す人が出来るとは。


「なぁ、なんで雨季はマネージャーなんだ?」

 晴矢は、ずっと気にしていたように質問をする。


「運動バリバリにできそーなのに」

「昔に嫌な思い出があって色々あったんだ。なんか、その怖くて」

 いつの間にか、鞄を握りしめて震えている事に気がついた。俺にとって陸上は……



「そうだったんだな。ごめんな。辛いこと思い出させてしまって。」

「いや、気になって当たり前だ。そういうことだから、マネージャーとして受け入れて貰えたら。」


「あぁ、よろしくな! ちなみに俺の専門はハードルだ!」

 晴矢は、話を切り変えるように明るく振舞ってくれた。


「ハードルって凄いな! 高校って何センチだっけ」

「1mは越えてるぜ! しかも、大人と同じ!! なんか大人と肩を並べているって感じ!」

 晴矢は、ハードルが大好きなようで、好きな選手やら色々と語ってくれた。

 友達が出来るか不安だったが、この人とは仲良くなれそうだと思う。


 ミーティング室に行くと先輩が1人待ち構えていた。


「ようこそ! 陸上部へーって……ごめんね。今日はオフで先生や僕以外は一切居ないんだ。」

「ガーンっ!!」

 晴矢は、ショックを受けるように声を出した。


「すまない! あぁ、でも道具とかトラックは好きに見てくれて構わないから。」

 先輩は、申し訳無さそうにすると陸上部の練習場に案内してくれた。


「「おぉー!!」」

 他の高校より明らかに設備が整っている。棒高、高跳び、幅の施設もあり、横広く伸び伸びとした環境だ。


「ここの半分が陸上部だ。200メートルは白い線で囲っているけど、野球部と共同だから気をつけて。ボールもね。」

「はい、ありがとうございます。」

 

 あまりにも中学とは違う環境に、俺は驚いていた。ワクワクするが、ここで跳ぶことはもうないだろう。



「じゃあ僕は他の子も案内するから。良かったら明日の練習にも見に来てね!」

 先輩は、そう言うとサッと走って行く。

 晴矢はそれを見届けると、パッと俺を見た。



「色々見てみようぜ! ここで走れるなんて最高だ!」

「あぁ、そうだな!」

 いつも落ち着いていた俺だがそんな事を忘れ、ただ好奇心のまま探索をするのが楽しくて仕方なかった。



「いやーー見た見た! 天国だなここは!」

 晴矢は、赤いタータンに寝っ転がりながら満足そうに目をつぶる。


「そうだな。ウェイト場もあるし……いい環境だ。」

「だよな、だよな!」

 晴矢はパッと起き上がると、足踏みを始めた。


「明日も来るよな!」

「もちろん。」

 晴矢は、その勢いが落ちつく事がなく、タータンを走り嬉しそうにはしゃいでいる。


 ――さて、ここから。俺にとっての平凡な毎日が始まるんだ。

 学校の校舎を見上げ小さく頷いた。


 校舎の時計を見て、急に吹いた風に抗うように視線を横にずらすと何かがいる。


「――っあれ。」

 屋上に人影が見える。

 はっきりくっきりと。長い髪の人影は俺達を見守るように見ていた。



「おーい、雨季! 帰ろーぜ!」

「あっあぁ……待っ…」

 俺が視線を戻すと人影が消えている。


「速くー!」

「あっ……あぁ!」

 多分、疲れているんだろう。はっきりしていたが、きっと違うだろう。

  モヤモヤしたものを無理やり振り払い晴矢についていく。



「じゃあな!」

「また明日ー」

 俺は、チャリにまたぎ別れをすました。少し楽しかった。このまま変な事が起きる事なく静かに楽しく過ごせるかな。


 俺は、小さな願いと共に家へ帰った。

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