第214話 厩舎の前で

 この日は週末だったので、いつものように私はアドルフ様の元を訪れた。


 手にしているのは初めて作ったキャロットケーキ。お砂糖の量も控えてあるし、シナモンも利かせてある。これならきっとアドルフ様も食べてくれるかもしれない。




「こんにちは、おばさま」


 いつものようにヴァレンシュタイン家を訪れると、おばさまが申し訳無さそうに私を出迎えてくれた。


「いらっしゃい、エディットさん。毎週末、訪ねてくれて本当に申し訳ないわ。アドルフの方からロワイエ家に行けばいいのに……」


「いいんです、おばさま。私がアドルフ様に会いたくて伺っているだけですから」


 逆に私を迷惑がっているアドルフ様に、「自宅に遊びに来てください」なんて言えるはずもなかった。


「エディットさん。今、アドルフは厩舎にいるのよ。さっき向かったばかりだからまだいるはずよ」


「厩舎ですか?分かりました。行ってきますね。教えて頂き、ありがとうございます」


 おばさまにお礼を述べると、私は厩舎へ向かった。



**


「何だよ。性懲りもなくまた来たのかよ?」


 屋敷の中庭にある厩舎の前で、乗馬服を着たアドルフ様が腕組みをして立っていた。


「は、はい……。あの、何処かにお出かけですか……?」


 高圧的な態度のアドルフ様にビクビクしながら尋ねた。


「ああ、そうだよ。だけど一々報告する義務は無いからな。俺は準備で忙しいんだから、さっさと帰れよ」


「そうですか……申し訳ございません。お忙しいところへ尋ねてしまって……」


「フン!分かったら今すぐ帰れよ。これから馬を出さなきゃならないんだ。そこにいると危ないだろ。怪我したらどうするんだよ」


 やっぱり、乱暴な口調ながらもそこかしこにアドルフ様の優しさを私は感じずにはいられなかった。何故ならアドルフ様は私に一度も「二度と来るな」と言ったことは無かったし、今も気遣ってくれている。


「分かりました。帰ります……。これ、受け取って頂けますか……?」


 オズオズと手にしていた紙袋を差し出すと、アドルフ様は受け取ってくれた。

 そして怪訝そうに首を傾げる。


「これは一体何だよ?」


「はい、キャロットケーキです……私が作りました」


「何?!性懲りもなく、また甘いケーキを持ってきたのかよ?いい加減にしろよな!」


アドルフ様が怒鳴りつけてくる。思わず、怖くて肩がビクリと跳ねてしまう。


「あ……」


 途端に、一瞬だけアドルフ様の顔に申し訳無さそうな表情が浮かぶ。


「ま、まぁいい。仕方ないから受け取ってやるよ。とにかく今日は用事があるんだ。お前の相手をしてやる暇はないんだ。俺の愛馬は気が弱くて見知らぬ相手がいると暴れるかもしれないんだ。分かったらさっさと帰れよ」


 そしてアドルフ様は手で私を追い払う仕草をする。


「分かりました……帰ります……。お気をつけてお出かけください……」


 それだけ告げると、私は頭を下げて失意のまま厩舎を後にした。



 まさか、その後すぐにアドルフ様が馬に蹴られて意識不明になるとは……このときの私は思いもせずに――。


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