第191話 隠し事

「手芸屋さんなんて来るの初めてだよ。へ〜こんなにボタンにも色々な種類があるのか」


 先輩は手芸屋さんに来たことを嫌がるどころか、興味深げに品物を見ている。

やっぱり先輩は優しい人だと改めて感じる。


「それで、何を買いに来たの?」


 先輩が尋ねてきた。


「はい、毛糸を買いたいんです」


「毛糸か……編み物をするんだね。女の子らしくていいね」


 笑顔で私の頭を撫でてくる先輩。それだけで胸がどきどきして顔が赤くなってしまう。


「あ、あの毛糸の売り場は奥にあります」


「それじゃ、行こうか」


 そして私達は毛糸の売り場へ向かった。



**


「……」


 棚に並べられた毛糸を見つめながら先輩の様子を伺った。先輩は私が誰に編み物を編むのか尋ねてこない。勿論尋ねられても困ってしまうのだけど、多分私に気を使ってくれているのかもしれない。


「どんな色の毛糸を買うの?」


 不意に先輩が尋ねてきた。


「はい、青い毛糸を買おうかと思っているんです。できればインディゴブルーのような色の」


 尋ねたことは無いけれども先輩が青を好きなのは知っていた。


「そうなんだ。あの色っていいよね。架純ちゃんもその色が好きなんだ」


「はい、好きです」


 だって……先輩の好きな色だから。

 毛糸を手に取りながら、私は出来上がった手編みのセーターを来ている先輩の姿を思い浮かべながら返事をした――。




****


 手芸店を出ると先輩が声を掛けてきた。


 「まだアルバイトまで1時間位時間があるから、ファミレスにでも行こうか?新作のパフェが出来たみたいだから」


 先輩は甘いものが好きな私の為に、よく色々リサーチしてくれている。


「本当ですか?行ってみたいです」


「よし、それじゃ行こうか?」


 先輩が右手を差し出してきた。


「はい……」


 先輩の手に左手で触れると、指をしっかり絡ませた恋人繋をして私を笑顔で見つめる先輩。


 こんなに素敵な先輩の恋人になれたなんて、私はとても幸せだ。

 だからこそ……余計に言えなかった。

 

 自分が心臓病を患っていることも、両親に内緒で交際している事実も……。

 そんなことを先輩に知られたら、優しい先輩は私に気を使うだろうし……離れてしまうのではないかと思ったから。


「どうかした?」


 私の様子が気になったのか先輩が声を掛けてきた。


「いえ、新作パフェのことを考えていました」


「架純ちゃんは本当にスイーツが大好きだよね。そうそう。そう言えば、この間妹が初めてお菓子を作ったんだけどね……」


 笑顔で話をする先輩の横顔を見ながら、私の胸はチクリと痛む。


 ごめんなさい、先輩。

 隠し事をして……。私はどうしても今の幸せを手放したくは無いのです……。


 

 だから……優しい先輩に隠し事をしていた私に、バチがあたってしまったのかもしれない。



 

  私の心臓病が悪化し……先輩と永遠の別れという、重いバチが――。

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