婚約者はこの世界のヒロインで、どうやら僕は悪役で追放される運命らしい

第161話 ヒロインからの頼み

「エディット、そろそろ……帰ろうか？」

　２人で手を繋いで歩きながら声を掛けた。

「え？も、もう帰るのですか？まだ……15時過ぎです…けど……？」

　エディットが少しだけ悲しそうな目で僕を見る。

「うん、だけどエディットの両親が心配しているかもしれないだろう？本来ならもうとっくに家に帰っていてもいい時間だし」

　口では尤もなことを話しているけれど、本当の理由はそうじゃない。何故だか分からないけれどエディットが毛糸を見ている姿を見たときに、彼女の姿を思い出してしまったからだ。

　僕の何がいけなかったのだろう？

　本当に……大切にしていたつもりだったのに、何故か彼女は突然音信不通になって二度と会うことは無かった。

　今は過去の彼女のことが頭の中を占めていた。そんな気持ちのまま、エディットと一緒にいるのは悪い気がしてならなかった。

「でも……私はもう少し、一緒に……いたいです……」

　目を伏せながら、つなぐ手に力を込めてくるエディット。

「エディット……」

「でしたらアドルフ様さえよければ……私の家に来ませんか？少しの時間でもいいですから……」

　必死になって訴えてくるエディット。

そうだ、僕が今好きなのは目の前にいるエディットなんだ。彼女はもう過去の話だ。第一あの彼女は自分の前世の話なのだから。

「うん、そうだね。僕が一緒にエディットの家に行けばいいことだったよね？ごめん、僕からデートに誘ったのに、変なこと言い出して」

エディットの柔らかな髪にそっと触れながら謝罪すると、やっと笑ってくれた。

「では、一緒に帰りましょう？」

「うん、行こう」

　僕はエディットの小さな手を握りしめた――。

＊＊＊＊

　辻馬車乗り場を目指して歩いていると、この世界で初めて車を見た。

馬車のような形に似ている車は日本人として生きていた頃の車とは全く形状が違う。　　　タイヤ部分なんかまるで馬車の車輪のような形をしている。

　よく見るとその車はタクシーのようで、男性が運転席で客待ちをしていた。

「ねぇ、エディット。あれを見てご覧よ」

　タクシーを指さしてエディットに声を掛けた。

「え？あ！あれは……自動車ですね?!」

　エディットが目を見開いて車を見つめている。

「エディット、今日はあれに乗ってみない？」

「え？宜しいのですか？」

「うん、これもデートの記念だよ」

どうしてもあのレトロな車に乗ってみたかった。

「デート……はい、そうですね」

エディットは恥ずかしそうに頬を染める。

「よし、それじゃ行こう」

「はい」

　2人で手を繋いだまま、タクシー乗り場へ向かった――。

＊＊

　「すみません、乗せてもらえますか？」

乗車客を待っていた男性運転手は僕が声を掛けると、途端に笑みを浮かべる。

「ご利用して頂けるのですか？ありがとうございます！さ、どうぞ乗って下さい」

運転手が扉を開けてくれたので、僕達は早速乗り込んだ。

「さて、それでは出発しますね」

　そして運転手はまるでレバーのようなハンドルを握ると、車を走らせ始めた。

そうだ、エディットに自動車に乗った感想を聞いてみよう。

　隣に座るエディットに声を掛けた。

「エディット、どう？自動車に乗った感想は？」

「はい、久しぶりに乗れて嬉しいです」

　「そうなんだ。それじゃ、やっぱり乗って良かったね」

「はい」

　そうか……エディットは以前にも車に乗ったことがあったのか。ロワイエ家は新しもの好きなのかもしれない。

「それじゃ、また自動車に乗ろうか？」

「はい、是非」

　僕の言葉にエディットは笑みを浮かべて頷いた――。