第122話 6年前の記憶 5

「こんにちは、伯爵様」


僕はエディットのお父さんに挨拶すると父を見た。

初等部の卒業記念パーティーには、保護者の父親か母親のどちらかが出席しても良いことになっていた。

だけど……。


「父上、出張で外国へ行っていたのではありませんでしたか?」


父は仕事で外国へ行っていた。だから卒業記念パーティーには参加しないはずでは無かっただろうか?


「ああ、そうだったが仕事を早めて帰国してきたのだよ。何しろ息子の晴れの日だからな」


妙にニコニコしながら僕に語りかけてくる。


「晴れの日なんて大げさな……単なる初等部の卒業記念パーティですよ?卒業式はもう済んでいるし」


すると、伯爵と父が顔を見合わせ……再び僕の方に視線を向けた。


「実は出張中に、大事なことが決まってな。それでどうしても卒業記念パーティーに間に合うように帰国してきたのだよ」


「そうですか……?」


どういうことだろう?益々謎が深まる。


「ところでエディット、誰ともダンスを踊っていないだろうな?」


伯爵が隣に立っているエディットに声を掛けた。


「はい、まだ……誰ともダンスは踊っていません」


エディットは返事をすると、チラリと僕を見た。


「よし、ちゃんと言いつけを守ったようだな?最初に踊る相手はアドルフ君と決まっているからな」


「と、当然です……」


エディットの顔が赤くなる。


「あ、あの……?どういうことですか?」


3人だけで会話が進んでいるようで、僕はたまらず父に声を掛けた。

すると、次に思いもかけない言葉が父の口から飛び出した。


「そうだったな……出張中で肝心なことをお前に告げていなかったからな。いいか、よく聞けアドルフ。初等部を卒業したので、正式にお前とエディット嬢の婚約が決定したぞ」



「えっ?!」


驚きの声を上げたのは僕じゃない。

上げたのは……。


「ブ、ブラッドリー……」


いつの間に彼はすぐ傍に来ていたのだろう?

ブラッドリーは青ざめた顔で僕たちを見ている。だけど、それは僕も同じだ。


「うん?君は確かブラッドリー君じゃないか?どうした?」


父もブラッドリーの姿に気付いたのか、声を掛けた。


「……」


けれどブラッドリーは返事をすることなく後退り……そのまま、背を向けると駆け出してしまった。


「全く、相変わらずあの少年は礼儀知らずだな……」


伯爵がため息をついた。


「ああ、全くだな」


父も伯爵の言葉に同意する。

だけど、今はそんな話なんかどうでも良かった。僕とエディットの婚約の話も……。


「待ってよ!ブラッドリー!!」


僕は叫ぶとブラッドリーの後を追った。彼は僕の大切な親友だ。

とても放っておくことなど出来なかった。


「アドルフ様?!」


エディットが背後から声を掛けてくる。


「待ちなさい!何処へ行くのだ?!アドルフ!」

「アドルフ君?どうしたのだ?!」


僕はエディットも、父も伯爵も振り切ってブラッドリーの後を人混みをかき分けて追いかけた。


彼に激しい罪悪感を抱きながら――。

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