第93話 予期せぬ訪問者
その後、僕達は辻馬車を拾って一緒に帰ることになった。
「エディット、明日の予定はどうなってるのかな?」
ガラガラと走る馬車の中でエディットに尋ねてみた。
「はい、それが明日は家族でオペラを観に行くことになっていて……予定が埋まっているのです」
申し訳無さそうに返事をするエディット。
「そうだったのかい?いいね、家族で出掛けるなんて。楽しんでおいでよ」
「え?そ、そうですか?」
エディットは意外そうな顔で僕を見つめてきた。
「うん、そうだよ。家族と一緒に過ごす時間も大切にしないとね」
何しろ僕は前世で日本人だった頃、両親を相次いで亡くしてしまったから親孝行らしい親孝行をすることも出来なかった。
それに唯一残った妹のサチとの暮らしも僕が早死してしまったばかりに長くは続かなかったし……。
もっとも、まさかこの世界で再会することになるとは想像もしていなかったけど。
「ありがとうございます。やっぱりアドルフ様は優しい方ですね。そんなところが私は……」
頬を赤らめてうつむき加減にしているエディットを見ていると、こっちも気恥ずかしくなってくる。
どうも最近、エディットと一緒にいると妙に緊張してしまう。
これは……きっと僕がエディットのことをすごく意識しているせいなのかもしれない。
「と、とにかく明日は楽しんでおいでよ。そして感想を聞かせてくれるかな?」
「はい」
エディットは嬉しそうに笑った。
そしてその後、屋敷まで送ると言う僕の申し出をエディットは「アドルフ様のお手を煩わせるわけにはいきません」と言って譲らなかった。
そこでいつものように僕が先に馬車を降り、エディットを乗せた辻馬車が見えなくなるまで見送った――。
****
翌日――
この日は11月末とは思えないくらい、温かな日だった。
今日はエディットと会う予定も無いので日が良く差すサンルームでお気に入りの歴史小説を読んでいた。
「何だか暑くなってきたな……。少し窓を開けようかな?」
立ち上がって、窓を開けると、たちまちそよ風がふいてきて庭に植えてある常緑樹の木々の香りを運んで来る。
「う〜ん…気持ちいい陽気だなぁ…まるで小春日和みたいだ。最高だな……。こんなにゆっくりした週末の時間を過ごせるなんて本当に夢の様だ」
その時――。
「あ、あ、あの……ア、アドルフ様……」
声を掛けられ、ふと見ると僕よりも年下のメイドさんがワゴンを押しながら入ってきた。
「もしかしてお茶のお代わりを持ってきてくれたのかな?」
随分僕の事を怖がっているようなのでなるべく穏やかに話しかけた。
「は、はい。そうです。後はスコーンをお持ちしました」
「スコーンか……甘いの実は苦手なんだよなぁ。出来ればポテトチップのようなスナックが欲しいよ」
メイドさんが涙目で僕を見る。
「え?!も、もしかして心の声が駄々洩れになっていた?!ご、ごめんよ?僕は君を困らせるつもりは無かったんだよ」
まさか、口に出してしまっていたなんて!
「ほ、本当に怒ってるわけでは無いのですか……?」
「もちろんだよ。当然じゃないか。でも怖がらせてしまったみたいだね?だからお詫びに君にこのスコーンをあげるよ」
だからそんな泣きそうな顔で僕を見るのはやめて欲しい。
女の子に泣かれるのは本当に苦手だ。
「ありがとうございます!アドルフ様!」
途端にメイドの女の子は笑顔になって、スコーンの乗ったお皿を持ってサンルームを足早に去って行った。
「ふぅ。泣き止んでもらって助かった……。それじゃ本の続きを読むとしよう」
そして再び、本を開いて続きを読み始めたその時――。
「アドルフ様っ!!」
今度はフットマンがサンルームに飛び込んできた。
「うわぁあっ!!」
突然大きな声で呼ばれたので、つい情けない声を上げてしまった。
「あ…す、すみせんっ!つ、つい大きな声を上げてしまいまして……」
フットマンは申し訳無さげにペコペコと頭を下げてくる。
「い、いや。そんなに謝らなくてもいいよ……ちょっと驚いただけだから。それで?何か僕に用かな?」
「は、はい。実はアドルフ様に会いたいと言うことで客間にお客様がいらしております。お名前はセドリック様とアリス様というお方です」
「え?」
セドリックにアリスだってっ?!
「分かった!すぐに向かうことにするよ!」
本を閉じると、急いで僕は客間に向かった。
サチから昨日の事情を說明してもらう為に――。
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