第92話 悪役令息、不思議に思う
思わず、ショーウィンドウから見えるクリスマス・ツリーに釘付けになっているとエディットが声を掛けてきた。
心臓の鼓動が早まる。
そんな…何故、この世界にクリスマス・ツリーが……?
「アドルフ様、どうされたのですか?」
怪訝そうな顔で僕を見つめるエディット。
「う、うん。あの木が綺麗に飾り付けられていたから、ちょっと見ただけだよ」
「まぁ、確かにとても綺麗ですね。」
「もし、よければ……中に入ってみる?」
僕の中で、この店に対する好奇心が大きくなっていく。
「そうですね。色々な雑貨を扱っているみたいですし……でも宜しいのですか?」
「何が?」
「いえ。このお店……どう見ても女性好みの店に見えるので、男の人には入りにくいのでは無いかと思って……」
「エディット……」
最近、気付いたことがある。
どうもこの世界の女性たちは男性に気を使っている風潮が見られる。
「そんなに気を使うことはないよ?一緒に中に入ろう?実は僕も中に入ってみたいと思っていたんだ」
そして繋いでいた手に、少しだけ力を込める。
「本当…ですか?」
「うん、本当だよ。それじゃ、入ろう」
そしてエディットを連れて、店へ向かった……。
カランカラン
ドアに取り付けられたドアベルが店内に鳴り響く。
「うわぁ……」
「まぁ……」
店に入った僕達は、感嘆の声をあげた。
店内は壁も床も天井も全て木材で、温かな木の温もりを感じさせるものだった。
天井からは、それこそ前世で見たことのあるクリスマスの色とりどりのオーナメントが吊り下げられている。
店には僕達以外に客の姿は無かった。
「綺麗……」
エディットは目をキラキラさせて、美しい装飾品に夢中になっている。
「アドルフ様。少し見て回ってもいいですか?」
僕を振り向き、声を掛けてきた。
ひょっとすると、1人でじっくり見て回りたいのかもしれない。
「うん。いいよ。僕も色々見ているから」
「ありがとうございます」
エディットは嬉しそうに店内の奥にあるアクセサリー売り場へと向かっていく。
「エディット、楽しそうだな……。よし、それじゃ僕も……」
そして僕も店内を見て回ることにした―。
**
凄い。本当にまるでクリスマス用のアイテムみたいだ。
木製の棚には布製の雑貨小物や卓上ツリーが置かれ、極めつけは………。
「サ、サンタクロース……」
棚にはソリに乗った木彫りのサンタの置物があった。
そんな馬鹿な……。
ひょっとすると、この世界では本当は皆口に出さないだけで転生者が大勢いるのだろうか……?
その時――。
「いらっしゃいませ」
僕のすぐ背後で女性の声が聞こえた。
「うわあああっ?!」
驚きのあまり、大きな声をあげる。
慌てて振り向くと、そこには20代〜30代と思しき女性が立っていた。
「どうですか?お客様。随分熱心に商品を見ていましたが…この店、気に入って頂けましたか?」
意味深に女性は笑う。
「え?ええ。そ、そうですね……」
その時――。
「アドルフ様?!どうされたのですか?!」
僕の大きな声を聞きつけて、エディトが駆けつけてきた。
「エディット……」
「急に大きな声が聞こえたので驚きました。何かあったのですか?」
「お客様、大変申し訳ございません。私がいきなり背後で声を掛けてしまったものですから、驚かせてしまったようですね」
すると女性店員が申し訳無さげに頭を下げてきた。
「まぁ、そうだったのですか?」
エディットが僕を見る。
「い、いえ…大丈夫ですから、気になさらないで下さい」
ハハハと笑うと、女性店員が更に僕達に声を掛けてきた。
「お詫びと言っては何ですが、何かお気に召した商品があれば格安で販売致しますので、お声掛け下さい。それでは失礼致します」
女性店員は頭を下げると、店の奥のカウンターに戻って行った。
何だ…営業だったのか……。
だけど……。
「エディット、何か気に入った品はない?」
エディットを振り向くと尋ねてみた。
「え?気に入った品…ですか?」
僕の言葉に少しだけ、躊躇うエディット。
「その様子だと、あったんだね?どれかな?」
「はい、でも……」
「行ってみよう?案内してよ」
手を繋ぐと、途端に真っ赤になってエディットが僕を見上げてくる。
「はい…。アドルフ様」
エディットはコクリと小さく頷いた――。
**
「ありがとうございました〜」
女性店員さんの声を聞きながら、僕達は店を後にした。
空はいつの間にか少しずつオレンジ色に染まっている。
「エディット、そのネックレス……すごく良く似合っているよ?」
エディットの首から下げたネックレスを見ながら声を掛けた。
星の形をしたネックレスは時折、夕日を反射してキラリと光っている。
「本当ですか?ありがとうございます」
嬉しそうに返事をするエディット。
良かった、喜んでくれて。
原作のアドルフはエディットから色々プレゼントを貰っていたくせに、どれも喜ぶどころか文句ばかり言っていた。
挙げ句にプレゼントの1つも上げたことが無い、最低な男だった。
過去の過ちは消せないけども、今の僕は以前のアドルフとは違うのだから。
「素敵なお店でしたね」
エディットが楽しげに話している。
「うん、そうだね……」
そして僕は女性店員から貰ったポケットの中のメモ紙を握りしめた。
そのメモ紙にはこう、書かれていた。
『私に聞きたいことがあるなら、いつでもお店にいらして下さい』
と――。
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