第74話 悪役令息、ついに自覚する

 封筒を開封して、中から二つ折りにされた手紙を取り出した。


「……」


手紙を手にしたまま、どうしようかと動きを止めて考えているとブラッドリーが急かしてくる。


「おい、何してるんだ?早く開けよ」


「う…わ、分かったよ…」


もうどうにでもなれという気持ちで手紙を開いた。


まぁ……サチのことだ。


僕を困らせるような内容の手紙は書いてこないはず……と信じたい。


手紙を開くと、ブラッドリーが中を覗き込み……困惑の表情を浮かべた。


「うん?何だ…これは……?」


ナイス!サチッ!


僕はサチの機転の効いた手紙に思わず心の中で喚起した。

何故なら手紙は日本語で書かれていたからだった……。



**


 お兄ちゃんへ


万一のことを考えて、日本語で手紙を書かせて貰うね。

これなら誰かに読まれても問題ないでしょう?


何だか私のせいで色々迷惑掛けちゃってごめんね。

それにセドリック様のあの態度も酷いよね?セドリック様には私の方からちゃんと伝えておくよ。


あまりエディットさんとお兄ちゃんの関係に口出ししないようにって。


本当はもっとお兄ちゃんと色々話したいことがあるのに、何だか良く分からないけどセドリック様が私を監視しているみたいなんだよね。

中々1人にさせてくれないんだよ。


お兄ちゃんだって、エディットさんのことがあるから私と会うのはまずいだろうし。


こんな時、日本の学校みたいに昇降口に靴箱があるといいのにね。そうすれば手紙のやり取りくらい出来るのに。


尤も一番便利なのはスマホがあることなんだけどね。


まぁそれはともかく、お詫びさせて。

本当に今日はごめんなさい。

もうなるべくお兄ちゃんには迷惑かけないって誓うよ。


でもたまには会って話したいな。

だって私達は兄妹なんだから。


あ、そうだ。大事なこと書き忘れていた。

もし、お兄ちゃんがエディットさんの事本気で好きなら私は応援するからね。


原作なんかもう関係ないよ。


それじゃまたね。


アリス



**



「……」


サチ……。

食い入るようにサチからの手紙を見つめていると、 突然声を掛けられた。


「おい?何なんだ?これって……文字なのか?こんな形の文字、初めて見るぞ」


「うわあっ!ブラッドリーッ!い、いつからここに?!」


驚いて飛び退く僕にブラッドリーが喚く。


「馬っ鹿野郎っ!最初からいただろうがっ!」


「あ…そ、そうだったね……」


あまりにも驚いた為、ブラッドリーの存在を完全に忘れていた。


「おい、アドルフ。これは文字なのか?お前には読めるのか?」


ブラッドリーは不思議そうに尋ねてくる。


そうか……やっぱりこの世界の人間には日本語が分からないのか。

折角サチが気を利かせて日本語で手紙を書いてきたのだから、利用させて貰おう。


「う〜ん…僕にも何て書いてあるか分からないな……。でもひょっとすると何か暗号なのかもしれない」


「暗号?一体それはどういう……」


ブラッドリーが首を傾げた時、突然背後から声を掛けられた。


「君たち、廊下で何を騒いでいるのだ?もう授業が始まるのだから中へ入りたまえ」


見ると、そこにいたのは5限目の授業の教師だった。


「うわっ!す、すみません!ほら!中へ入ろう!」


教師に頭を下げると、僕はブラッドリーの腕を掴んで教室に駆け足で戻った。

ブラッドリーは不審そうな目で僕を見ているけれども……多分授業が終わる頃には手紙のことは忘れているはず……と信じたい――。




****



キーンコーンカーンコーン



校舎内に鐘が鳴り響き、ようやく本日全ての授業が終了した。



「アドルフ、今日もエディットと一緒に帰るのか?」


帰り支度をしていると、エミリオが声を掛けてきた。


「うん。そうだよ。約束しているからね」


「ちぇっ。羨ましい奴だな。俺たちなんかまだ記念式典のパートナーだって決まっていないっていうのに」


ラモンが恨めしそうな目で僕を見た。


「……」


一方、ブラッドリーは何やら不審げな眼差しを無言で僕に向けてくる。


「な、何だい?ブラッドリー」


ドギマギしながらブラッドリーに声を掛けた。


「いや、別に。そんなことより、エディットと待ち合わせしてるんだろう?早く行ってやれよ」


「わ、分かった。それじゃ行くよ」


「ちょっと待てアドルフ」


カバンを持って立ち上がった時、不意にブラッドリーが袖を掴んできた。


「な、何?」


「忘れたとは言わせないぞ?今度の週末は絶対に付き合って貰うからな」


ブラッドリーの目は真剣だった。


「あ……」


そうだった、今週は2人で記念式典用のスーツを見に行く約束をしていたんだった。


「分かってるよ。約束だからね」


「よし、分かってるならいい。それじゃ早く行けよ」


ブラッドリーはシッシと僕を手で追い払う仕草をする。


「うん。それじゃまた明日」


「ああ、じゃあな」

「また明日」


そして僕は悪友たちと別れの挨拶の言葉を交わすと、急いでエディットとの待ち合わせ場所に向かった。



なんとしても、今日のことをエディットに謝らなければ。


何一つ王子に言い返せず、先に席を立ってしまったお詫びをするんだ――。





****



 急いで正門を抜けて緑道に出ると、既に白い馬車の前にエディットが立って待っていた。

俯いて立っている姿はどこか寂しげに佇んでいるようにも見える。


「エディットッ!」


大きな声を上げて名前を呼ぶと、エディットはパッと顔を上げて僕を見ると笑顔を見せた。


「アドルフ様っ!」


「ごめん…今日も待たせちゃったね……それに馬車に入って待っていれば良かったのに」


息を整えながらエディットの前に立った。


「いえ……いち早くアドルフ様にお会いしたかったから…外で待っていました」


恥ずかしそうに僕を見つめるエディット。


「エディット……」


その姿に自分の胸の鼓動が大きくなるのを感じた。


やっぱり……もうこれは認めざるを得ない。




僕は……エディットのことが好きなのだ――と。

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