第66話 たじろぐ悪役令息
「う〜ん…美味しい…やっぱり伯爵家で出される本場の紅茶は美味しいわ〜。それにこのクッキーにも何処か気品を感じられるし……」
何と、応接室にいたのは他ならぬ妹のサチだったのだ!
「ど、どうしてここに……」
震えながら部屋の中を覗き込んでいた時……。
「アドルフ」
背後からいきなり母が声を掛けてきた。
「うわぁああああっ?!」
驚きのあまり思わず大きな声を上げてしまった。
「え?!」
その声に驚き、振り向くサチ。
「な、何ですかっ?!いきなりそんな大きな声を上げたりして!寿命が縮むかと思ったじゃないの!」
母は余程驚いたのか、胸を押さえている。
「あ…す、すみません。つい……」
するとサチが立ち上がり、僕に声を掛けてきた。
「お帰りなさいませ、アドルフ様。ずっとお待ちしておりました」
そしてニコニコ笑みを浮かべて僕を見る。
「え…?ず、ずっと…?」
ずっとって…一体いつからなんだ?!
すると僕の心を察知したのか母が耳元でボソリと囁いた。
「2時間も前からお待ちなのよ。何をしに来たのかいくら尋ねても、貴方に大切な話があって来ただけだとしか言わないのよ。アドルフ……一体これはどういうことなのかしら……?」
心なしか母の目には怒りの眼差し、それに声には怒気が含まれている気がする。
「え…そ、それは…」
一体どういうことなのかだって?それはこっちが聞きたい位です!
とは、とても口には出せず…かと言って良い言い訳も思い浮かばずに視線を泳がせているとサチが母に声を掛けてきた。
「申し訳ございません。ヴァレンシュタイン伯爵夫人。アドルフ様と大切なお話がありますので、少しの間2人きりにさせて頂けませんか?」
またしてもサチは誤解を生む発言をする。
「ま、まぁ……ふ、2人きりで…ですか?」
「はい、そうです。お願いします」
丁寧に頭を下げるサチ。
「わ、分かりましたわ。それでは私は席を外しますわね…」
そして母は去り際に小声で僕に言った。
「後でどういうことなのか説明してもらいますよ」
「は、はい……」
ビクビクしながら返事をすると、母は何度もこちらを振り返りながら歩き去って行った―。
「行ったみたいだね?」
サチは母がいなくなるのを見届けると、ドサリとソファに座った。
バタンッ!
扉を閉めると、僕は早速サチを見た。
「サチッ!一体どういうつもりなんだよっ!何故ここへ来たりしたんだよ?それにどうやって住所を調べたんだい?大体…いきなり家に訪ねられるのはまずいよ。色々勘違いされてしまうじゃないか」
そう…とくにエディットには勘違いされたくない。
彼女の悲しむ顔だけは見たくないし、させたくもない。
しかし、サチは慌てること無く紅茶を飲むと手招きした。
「まぁまぁ、いいから。お兄ちゃんもこっちにおいでよ」
「全く……」
ソファに向かい、着席するとため息をついた。
「お兄ちゃん……」
僕のため息をついた態度が気に入らなかったのか、サチはじろりと僕を見る。
「な、何?」
すると、サチは紅茶のティーカップをソーサーにカチャリと乗せると立ち上がった。
「どういうつもりとは何よっ!それはこっちの台詞よっ!何で、アドルフ・ヴァレンシュタインでありながら、エディットさんと仲良くしているのよっ!」
そしてビシッと僕を指さしてきた。
「ええっ?!だ、だって…ぼ、僕はエディットの婚約者だから……」
妹の迫力に圧されつつ、何とか返事をする。
「お兄ちゃんだって、この世界が何か分かってるでしょう?!そんなにこの国を追放されたいの?!エディットさんの相手は王子のセドリック様なんだよ?!原作の流れには逆らえないのが世の決まりでしょう?!」
「た、確かに追放はされたくないけど……だからこそエディットに嫌われないように……」
「だから婚約者として親しくしようとしていると?それでランタンフェスティバルも一緒に行ったの?」
「え?!な、何故それを……?はっ!ま、まさか……!」
サチは腕組みしながら僕を見ている。
「ひょっとして、あの漫画の原作通りに王子をランタンフェスティバルに誘い出したのは……サチだったのかっ?!」
「そうだよ、当然じゃない。そしたら何さ…。原作と違う流れになってるんだもの。驚いたよ!悪役令息のアドルフがヒロインの肩を抱いてまるで恋人同士のように歩いているんだもの!」
「な……!」
その言葉に途端に顔が赤面してくるのが自分でも分かった。
ま、まさか……アレを2人に見られていたなんて……!
「まぁ?アドルフの中身がお兄ちゃんだと分かって、それも納得したけどね……。大体お兄ちゃんは誰にでもすっごく優しかったもんねぇ?それで色々な女の子たちに沢山勘違いせていたよね〜?」
「う……!そ、それは……」
痛いところを突かれてしまった。
「でも…お兄ちゃん。もしかして……ひょっとして、エディットさんのこと…好きなの…?」
「え……?」
その言葉に僕は顔がこわばるのを感じた――。
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