第67話 妹にも分からない

 僕が……エディットのことを好きだって…?


でも確かにエディットと一緒にいると楽しいし、出来ればずっとこの時間が続けばいいのにと願っている自分がいる。


その反面、彼女に深入りしては駄目だと強く警告してくるようにも感じられる。

まるで僕の中に眠る本当のアドルフが訴えているように‥‥。


思わず言葉を濁していると、サチがため息をついた。


「いいよ、お兄ちゃん。もう何も言わなくても……」


「え?」


思わずサチの顔を見つめる。


「その表情で分かったよ。お兄ちゃんの気持ちが。エディットさんのこと……好きなんだね」


「サチ……」


僕は否定も肯定も出来なかった。


「ごめんね、お兄ちゃん」


不意に謝って来るサチ。


「サチ?どうして謝るんだい?」


「だってここは確かに漫画の世界だけど、私達が生きているのは間違いなく現実世界なのに…。原作の内容を知っているだけに、その通りに私は話を進めようとしていたんだね。セドリック様を急き立てて早めにこの学院に転校させたり、無理やりランタンフェスティバルに連れて行ってしまったり…」


「え?それじゃ王子はサチの言いなりに動いているってこと?」


「う~ん…そういうことになるのかなぁ…?でもまさかアドルフの中にお兄ちゃんが入っていることを知っていたら、セドリック様を炊きつけたりはしなかったんだけどな……」


え…?それってひょっとして…。


「サチ、それじゃ王子はエディットのことを…‥?」


「うん、多分…自分の運命の相手だと思ってるんじゃないかなぁ?」


「やっぱりそうなのか‥‥だから王子は僕を睨みつけていたのか……」


と言う事は、王子は何が何でもエディットを手に入れる為に手段を選ばないかもしれない。

だとしたら、やはりエディットから離れない限り…僕はあらぬ罪を被せられて追放されてしまうのだろうか?


「お兄ちゃん。エディットさんの傍にいたいの?」


サチがしんみりと尋ねて来る。


「…分からない」


「え?」


「それが…僕にも良く分からないんだ‥‥」


「ちょっと!自分のことでしょう?何でそんな曖昧な言い方するのよ!」


サチは慌てた様子でソファに座る僕に詰め寄って来た。


「だ、だけど……本当に分からないんだよ。僕自身は出来ればエディットと一緒にいられたらって思う反面、彼女から離れなければいけないって思う気持ちもあるんだ。それが王子の為なのか、それとも他の理由があるからなのか……自分で自分の気持ちが分からないんだよ」


「お兄ちゃん……」


サチが不思議そうな顔で僕を見る。


そうだ…!サチなら…僕のこのモヤモヤした気持ちの理由が分かるかもしれない!


「ねえ、サチ。この世界のことを良く知っているサチなら分かるかな?どうやら僕とエディットは小かった頃はとても仲が良かったらしいんだよ。だけど6年前に何かがあったらしいんだ。その時から僕はエディットに冷たくなったみたいなんだよ。サチなら何か理由を知ってるんじゃないかな?」


アドルフは原作で追放される結果になりながらも、エディットに酷いことをし続けたのは何か深い事情があったからなのかもしれない。


その理由が何か分かれば、僕は…エディットと向き合えそうな気がする。


「6年前……」


首を捻るサチ。


「そうそう、6年前だよ。『コイカナ』の世界にどっぷり浸かっていたサチならわかるんじゃないかな?」


けれど、サチから返って来た言葉は期待外れのものだった。


「そんなの分かるわけないじゃない。だって『コイカナ』の世界は18歳から始まるんだよ?あの漫画にはアドルフとエディットの2人の過去なんて出て来ないよ。所詮、アドルフは最終的に王子に追放される脇役でしか無いんだから」


「脇役か…ハハハハ‥‥」


思わず乾いた笑い声が出てしまう。

我が妹は中々手厳しい。


「いいじゃない!脇役だって、この『コイカナ』の世界では欠くことのできない重要人物なんだから。私なんかモブだよ、モブキャラ!」


興奮気味に訴えて来るサチ。

う~ん。

でも僕からすれば追放されて酷い目に遭う脇役よりはずっとマシに思えるけどな…。


だけど……。


「そうか…サチでも分からないのか…」


「うん、ごめんね。あ、でも何か忘れていることがあるかもしれない。何か思い出したらまたお兄ちゃんに教えてあげるよ」


「だけど、サチ。僕たちはそんなに簡単に会える関係じゃないんだよ?校内では人の目もあるし‥‥今だって現に母親から疑いの目を向けられているし……」


「全く、お兄ちゃんはこっちの世界でも性格が変わらないね。人の目ばかり気にしちゃってさ」


サチにため息をつかれてしまった。


「まぁ、それなら仕方ないよね…あ、ならこういうのはどう?手紙のやりとりだよ。そうだな…場所は私とお兄ちゃんが初めて出会ったあの旧校舎があった場所はどう?あの庭に目印のリボンを結んでおくから、そこで…」


そこまでサチが言いかけた時、突然扉がノックされると同時に母の声が聞こえて来た。


コンコン


『アドルフ、お客様よ!』


「えっ?!」


お客?よりにもよってこんな時に…?!



僕とサチは思わず顔を見合わせた――。


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