第51話 悪役令息、勘違いされる

16時半――


 

僕達を乗せた馬車がヴァレンシュタイン家に到着すると、エディットがとんでもないことを言ってきた。


「アドルフ様。馬車が到着しましたね。では降りましょう?カバンを貸して下さい。私が持ちますから」


「え?い、いいよ!そんな事しなくても。カバンくらい自分で持てるから」


「いえ、大丈夫です。私の荷物は馬車の中に置いていくので、持つのはアドルフ様のカバンだけですから」


エディットはそう言うけれど、僕のカバンを持つ彼女を屋敷の皆が見たら……女性に荷物を持たせるとんでもない男だと、悪評が広まってしまうかもしれない!


追放ルートを免れるにはエディットの好感度?のみならず、自分の周囲の好感度も上げて身の保全を確保しなくてはならないのに。


「エディット。やっぱり僕は男だから、か弱い女の子に荷物を持たせるわけにはいかないよ。1人でカバンを持って降りられるから大丈夫だよ。今日は送ってくれてありがとう。」


そして痛む腕を堪えて、椅子から腰を上げるとエディットの頭を撫でた。


「ア、アドルフ様……」


エディットの顔がみるみる赤くなっていく。


「あ!ご、ごめん!つ、つい…!」


慌ててエディットの頭から手を離した。


やっぱり小さな子供じゃないんだから、頭を撫でられるのは恥ずかしいのかもしれない。その証拠に、オレンジ色の太陽に照らされながらもエディットの顔が赤いのがよく分かる。


でも…自分でも不思議なことに、どうしてもエディットを見ていると頭を撫でてあげたくなってしまう。

一体何故だろう?



「寄り道させて悪かったね。エディットの両親が心配するから、もう帰ったほうがいいよ」


「アドルフ様……。あ、あの……両親はアドルフ様と馬車で帰ってくることを…そ、その…知ってるんです…」


それだけ言うと、エディットは俯いてしまった。


あ…もしかして。

僕はピンときた。


きっとエディットは両親から婚約者同士なのだから交流を深めてくるようにと言い含められて来ているのかもしれない。

それなら納得がいく。


そこで僕は声を掛けた。


「ごめんね、エディット。君の気持ちに気付いてあげられなくて」


「え?」


顔を上げるエディット。


「家に寄っていかない?2人で一緒にお茶でも飲もうか?ついでにエディットが好きそうなお菓子を用意してもらえるように頼むよ」


「ありがとうございます……。アドルフ様。嬉しいです。そんな風に仰って頂けるなんて……」


言いながら、何処か恥ずかしそうにしているエディットに手を差し伸べた。


「それじゃ、一緒に降りようか?」


「はい」


エディットは頷くと僕の差し出した手に自分の手を乗せてきた。

僕はその小さな手を握りしめると笑顔で声を掛けた。


「行こう、エディット」


と―。




****



「まぁアドルフッ!その怪我は一体どうしたの?!」


リビングで僕を出迎えた母が早速驚きの声を上げた。


「あ……これは…」


説明しようとした矢先、母がとんでもない言葉を口にした。


「さては喧嘩ねっ?!一体誰と喧嘩してきたのっ?!」


「ち、違いますよ!喧嘩なんてしてませんから!」


驚いて否定するも母は信じようとしない。


「嘘をおっしゃい!さ、正直に言いなさい!誰と喧嘩したのっ?!」


すると、僕の背後に立っていたエディットが進み出てきた。


「いいえ、そうではありません。アドルフ様の怪我は本日の剣術の授業で怪我をされたのです」


「ま、まぁ…エディットさんが一緒だったのね?これはお恥ずかしいところを見られてしまったわね。ようこそ、エディットさん」


ホホホホと笑って誤魔化す母。


「ご挨拶が遅れて申し訳ございません。ヴァレンシュタイン夫人」


エディットは制服のスカートの裾をつまんで挨拶した。


「エディットに家まで送って貰ったお礼にお茶とお茶菓子を出してあげたいんだ。お願いできるかな?」


「ええ、メイドに話しておくわ。そうね、やっぱり場所はサンルームがいいのじゃないかしら?あの場所は温かいし、温室の花も見えるから」


「はい、分かりました。それじゃ、行こうか?エディット」


エディットに声を掛けた。


「はい、アドルフ様」


すると、突然母が僕に手招きしてきた。


「アドルフ、ちょっといらっしゃい」


「はい」


近づくと、母が小声で素早く僕に言った。


「いい?うまくおやりなさい?」



え?今のは一体どういう意味だろう?尋ねたかったけれどもエディットを待たせるわけにはいかない。

まぁいいか、適当に話を合わせておこう。


「はい、分かりました。うまくやります」


すると母は満足気に笑みを浮かべると次にエディットに声を掛けた。


「遠慮せず、ごゆっくりしていってね?」


「はい」


母の言葉に頷くエディット。


「それじゃ、行こうか?」


「はい、アドルフ様」


そして僕はエディットを連れて、サンルームへ足を向けた――。



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