第50話 ヒロインに報告する悪役令息

馬車は僕とエディットを乗せて、ガラガラと静かな音を立てて走っている。


そして乗り心地の良い馬車の中で、僕は本日学校で起きた出来事をエディットに報告していた。


「とにかく今日1日授業を受けて分かったことだけど、数学や地理は何とかなるとしても、難解だったのは古代文字だったね。似たような記号の羅列に、言葉にすればたったの2文字しか無い単語が、何故4つの記号で表したり、時には6つの記号で表したりするのか、全く法則がつかめなかったよ。あれじゃ、まるで暗号だ。だから当分の間は古代文字を集中的に勉強しようと思うんだ。だけど本音を言うと、古代文字なんて学ぶ必要あるのかなぁ?」


「まぁ……そうだったのですね。確かに古代文字は難しいですよね。それに授業も週に3コマしかありませんし」


エディットは真剣に僕の愚痴とも取れる報告を聞いてくれている。


「そうなんだ。エディットも古代文字は難しいと思っているんだね?」


「勿論です。あの試験は70点を取れれば優秀と言われている位ですから」


「え?そうなんだ」


あまりにも意外な話だった。


良かった‥‥皆出来ないのか。

アドルフの頭が絶望的に悪いわけでは無かったんだ。エディットの話に少し安心した。


「それにしても午後の授業は災難でしたね。月に1回しかない剣術の授業で強い対戦相手に当たってしまうなんて」


「え?!月に1回しか無かったの?」


「ええ。毎回怪我人が多発するそうなので月に1度しか授業を行わないそうです」


「そうだったのか‥‥だけど月に1度しか無い危険な授業なら、いっそやめてしまえばいいのに……。こんなにあちこち包帯だらけで帰ったら家族に驚かれそうだよ」


「確かにそうですね。打ち身は後からの方が痛みが強く出ると言いますし。なので明日、又お迎えにあがっても宜しいでしょうか?この馬車は揺れも少ないですし、アドルフ様のカバンなら私がお持ちしますので……」


エディットが恥ずかしそうに顔を赤らめながら僕に尋ねて来る。


「えっ?い、いいよ。自分の荷物位、自分で持つから。女の子に荷物を持たせるわけにはいかないよ」


そう……あろうことか僕はエディットに馬車に乗るまでの間、自分のカバンを持たせてしまったのだ。

いくら自分で持つと言っても、エディットが「無理をしてはいけません」と言って僕のカバンを持って離さなかったからだ。


ヒロインに荷物持ちをさせるなんて、僕は最低な男だ。


「アドルフ様……ですが……」


エディットが目を見開いて僕を見ている。


「それにエディットのお陰で登校時間や教室の場所も分かったから、明日からは1人で登校出来る‥‥って?え?ど、どうかしたの?!」


話の途中でエディットが突然俯いてしまったからだ。


「エディット?大丈夫?どこか具合でも悪いの?」


すると僕の言葉に首を振ると、エディットは顔を上げた。

その顔は酷く悲しげだった。


「分かりました。もし……アドルフ様が迷惑だと仰るのならお迎えに伺うのはもうやめます」


「そ、そんな。迷惑のはず無いじゃないか?大体ヴァレンシュタイン家にはこんなに揺れの少ない馬車なんか無いしね。ただ、迎えに来てもらうのは申し訳ないかな〜って思っただけだよ」


僕には我が家の馬車に乗った記憶は無いけれども口からでまかせを言った。

大体、ヒロインの誘いを迷惑だなんて思うはずもない。


「そうなのですね?なら明日もお迎えに伺って宜しいですか?」


念を押してくるエディット。


「うん、勿論だよ。でも…明日は自分でカバンは持つからね?」


女の子に自分のカバンを持たせている姿を見られようものなら、僕の悪評が広がってしまう。


「はい、分かりました」


嬉しそうに笑うエディット。


そんな彼女を見て、僕は思った。


いつまで、エディットと同じ時間を共有することが出来るのだろうか――と。


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