第14話 羨ましい食卓

「な、何だこれ……?全っ然分からないなことばかりだ……っ!」


エディットが帰った後、自室に戻った僕は早速ライティングデスクに向かった。

そして歴史の教科書を取り出して試験範囲の頁を開いては見たもの…。

何も知らないことだらけだったのだ。


「え…?ドラゴン歴って何だ?え?魔王がブラックドラゴンに倒されてドラゴン歴が誕生…?その後ドラゴンが地上から消え去リ、代わりに人類が…地上を支配……?人類最初の皇帝が統治を行い……インペリアル歴と制定…。う、嘘だろうっ?!」


かつて魔王やドラゴンがこの世界にいたということ事態が驚きなのに…最もショックを受けたのがそれらの事実を今、初めて僕が知ったということだった。


「そ、そんな…。ひょっとして、僕は勉強嫌いだったのだろうか?それとも絶望的に頭が悪かったのだろうか……?」


あまりのショックに頭を抱えてしまった。


馬に蹴られて前世の記憶を取り戻したのは良いけれども、その分今世の自分の記憶がところどころ抜け落ちているのには困ってしまう。


「歴史の教科書を見ても何も思い出せないということは…これでは全ての科目が全滅かもしれないぞ…!」


自慢じゃないけれども、前世の僕は中々勉強が出来た。

県内でも有名な進学高校に通っていたし、学費を浮かせる為に国立大学に入学を果たした。

仲間内では学生時代、秀才として一目置かれていたのに…。


「駄目だ!これでは…前世の僕の名がすたってしまう!」


今から死にものぐるいで勉強しなければ…っ!


この日の昼食は専属フットマンのジミーに頼んでサンドイッチを用意してもらい、勉強しながら昼食を食べた。

そして夕食の時間まで僕は部屋にこもり、必死になって勉強を続けるのだった――。




****



 18時半―


それは父と母の3人での夕食の席のことだった。


「アドルフ。今日はエディット嬢が帰った後、ずっと部屋に閉じこもって勉強していたそうじゃないか?」


父が赤ワインを飲みながら上機嫌で話しかけてきた。


「はい、そうです」


ワインか……飲みたいな…と言う気持ちを押し殺し、僕は笑顔で父に返事をした。


「本当に驚きの連続だわ。馬に蹴られて目が覚めた後はまるで生まれ変わったかのように良い青年になっているのだから」


母はシャンペンを飲んでいる。


…羨ましい…。

前世はお酒好きだった僕にとって、目の前で美味しそうにお酒を飲まれるのは拷問にちかい。


「はい、馬に蹴られたことで自分でも何だか生まれ変わった気がします」


2人のお酒がなるべく視界に入らないように僕は目の前の料理に集中することにした。


うん、やっぱり肉料理を食べていると…どうしてもお酒が飲みたくなってしまう!


「そう言えば話は変わるが、アドルフ。エディットの家から電話があったぞ」


「え?電話?」


まさか、この世界には電話が存在していたなんて!

…と言うか、電話があることすら僕は忘れてしまっているのか…。


「ええ、とても先方では喜んでいたそうよ」


母はさらに白ワインに手を伸ばす。


「はぁ…あの、喜んでいた…とは一体何に対してでしょうか?」


「勿論、来月開催される記念式典パーティーにエディットと参加することをお前が決めたからじゃないか」


父は器用に魚料理の骨を取り除きながら僕の顔を見た。


「あ…その件ですか。はい、エディットは(まだ)僕の婚約者ですからね」


だけど僕は思い切りエディットに怖がられている。

エディットがそんな相手と喜んで行くとは思えないのだけどな……。

でも怖い思いをしながらでも、婚約者がいながら1人で記念式典パーティーに参加するよりはずっと彼女にとってはマシなのかもしれない。


「おおっ!それでこそやはり馬に蹴られた甲斐があったというものだ。お前もようやく婚約者を大切にすると言う自覚が持てるようになったのだな?」


父はますます上機嫌になり、いつしかワインを水のようにがぶ飲みしている。

それに釣られるかのように、母もお酒を飲むピッチが上がっている。


駄目だ…もうこれ以上は我慢の限界だ。

僕は急ぎ、皿の上の料理を完食すると立ち上がった。


「父上、母上。試験勉強の続きがあるので、これで僕は失礼します」



「ああ、そうか。頑張りなさい」

「頑張ってね。アドルフ」


「はい、頑張ります」



こうして僕はアルコールですっかり出来上がってしまった両親をダイニングルームに残し、試験勉強の続きをする為に自室へ足を向けた。


お酒をまだ飲めない年齢の自分を呪いながら―――。


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