ウロボロスの首飾り
十坂真黑
プロローグ
ファシア・ロンズデールは姿見に映った自分を見て、薄っすらと微笑んだ。
隙間なく金箔の貼られた枠の内側で、胸元が大きく空いた真紅のドレスを着こなした女性が、優雅な笑みをたたえている。
鏡よ鏡、世界で一番美しいのはだあれ? ……なんて、聞くまでもない。
一番美しいのはもちろんわたし、ファシアに決まっているわ。
微笑みを浮かべる鏡の中のファシアはウェーブ掛かった金髪を白い指先で撫でた。
エメラルドのような濃い緑の瞳。彼女がふっと目を細めると、琥珀色の睫毛がそれを彩った。
そんな彼女の胸の中心でひときわ存在感を放っているのが、銀製のとぐろを巻いた蛇を模したネックレス──そしてその銀色の爬虫類が口にくわえる、鮮やかな赤色の宝石だった。
「ああ……美しいわ」
ファシアは静かに嘆息する。
この繊細な装飾を見染め手に入れたのち、自らの首に下げるのに有した時間は、彼女にとって短い年月ではなかった。
装飾品入れの中で長いこと眠っていた銀の鱗を持つ蛇は、夫であるアルヴァ・ロンズデール伯爵が亡くなってようやく彼女の胸の中で輝くことが出来たのだ。
美しい蛇だ──と、ファシアはこの豪華な首飾りを初めて目にした時と全く同じ感想を抱いた。
こんな精緻な銀細工は他のどこにもないだろう、と。
禁断の果実をついばむ蛇を描いた背徳的なデザインは、今も昔も変わらずファシアに酔いにも似た恍惚を覚えさせる。
ファシアはそっと銀の蛇を手の中に収めた。血の通わぬ金属の冷たい感触は、興奮で熱を持った彼女には心地が良かった。
「可愛い蛇ちゃん……」
そう呟くと、ファシアは手にしたネックレスを口元に寄せ、優しく口づけをする。
「
彼女特有の、舌のしなやかな動きを感じさせる発音。
初めてこのネックレスを手中に収めた時も、やはり艶っぽい巻き舌で愛を囁いたものだ。
トントントン、と控えめなノックがファシアの耳に届く。「なあに?」ファシアは
不機嫌な声で応じた。
「ファシア様。準備はよろしゅうございますか? パーティー開始までもう時間がありませんが……」
声はロンズデール家の古くからの使用人、グラエムのものである。
彼の言葉につられて壁時計に目をやり、ファシアは目を剥く。
パーティーが始まるまで、あと十分もない。
「今行くわ、グラエム!」
まさか自ら主催するパーティーに遅刻するわけにもいかない。
ファシアは急いで身支度を整え、部屋を飛び出した。
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