異世界紡績

@ju-n-ko

第1話 召喚、即落ち奴隷の海里さん

 馬車に揺られている…

 4時間ほど…

 人生初馬車‼テンション上がるぅ‼

 と、言いたいところだが、馬車、尻、痛すぎるでしょ‼

 何なの?拷問?

 サスペンション皆無。

 地獄の道行き。

 付いてきてくれたメイドのアンさんも、時々腰を浮かしているし。

 話は3日前に遡る…


 私の名前は葵海里(アオイミサト)、19歳になったばかり。

 2023年、日本の地方都市の小さな建築作業所の、経理兼、事務兼、お茶くみ係りのOLをしていた。

 その予定でなかった為、高校はいわゆる普通科で、よく採用してくれたと思う。

 私が中学の時病気で母が亡くなり、その後男手1つで育ててくれた、父も高校の最終学年、急な発作で息を引き取る。

 落ちゲーだったら、大連鎖だ。

 借金はなかったが遺産もない。

 わずかな預金をかき集めれば、高校までは学費と生活(家賃込み)はいけそうだったが、その後は自転車操業だ。

 仕事があって、マジ、よかったぁ。

 その日は年明け初出社で、19時近くまで働いた私は(ちょっと残業♡)2階にある事務所からトントンと外階段を下りていた。

 異世界転生にはお約束がある。

 この時暴走トラックは来なかったし、急に足元に魔法陣が輝いたり、地味なところで真っ暗な穴に吸い込まれたりもしなかった。

 ただ、階段があるつもりで足を踏み出したら無かったような、カクンと踏み外したような奇妙な感覚。

 瞬間、周囲の風景が入れ替わった。

 「は?」

 木枯らしが吹く日本の地方都市が、大理石かどうか私にはわからん、石の柱にゴテゴテ装飾のヨーロッパ風王宮の1室に化けました。

 「…」

 呆然とする私に、

 「やったぁ‼女の子だ‼鑑定鑑定‼」と、ゆるゆるの軽さで近付いてきたのがマントを羽織った、御大層な服を着た髭のおっさん。

 頭に申し訳程度の王冠が乗っている。

 あ?王様?

 おっさんが差し出す水晶に、反射的に手を触れた。

 水晶は一瞬輝き、すぐに静まる。

 明るい光の洪水も、いっそ水晶が壊れる奇跡も、何もない。

 「あ…」

 おっさんの顔が失望に染まる(泣き出しそう)。

 覗いてみると、

 『アオイミサト、19歳、人族。

 称号、ジョブ、なし。

 異世界からの召喚者だが、無能力』と、文字が浮かんだ。

 うん、これもお約束。

 日本語とは違う、英語とも、フランス語とも違う、見たことの無い文字が普通に読める。

 って言うか、『だが、無能力』って。

 『なおエ』みたいに言うな、失礼だなぁ。

 「わしの小遣いが…国家予算が…」

 小遣いと国家予算を並べるな、おっさん。

 ブツブツと呟いていた王様は、

 「もういい。こいつ、奴隷。召喚費用、働いてもらう」と、合図するように手を挙げる。

 瞬間、どこに隠れていたのかと思う、兵士達が数人飛び出し、私を取り囲んで連れて行った。

 「は‼勝手に呼んどいて奴隷って何よ‼」

 聞いているのか、くそ爺。

 おっさんはハラハラと涙を流しながら、

 「国家予算の10分の1が…」と、心を国庫の奥深くに沈めてきた感じで話にならなかった。

 これが召喚1日目。

 こういう場合、せめて放逐してくれよぉ‼


 その後2日間は、王宮の1室に軟禁された。

 『奴隷』とか不穏な言葉を呟いたからかなり心配していたが、牢にぶち込まれることなく、室内にトイレも浴槽もついている1LDKみたいな、セミスイートみたいな部屋だった。

 うん。出てくるなってことだね。 

 食事もパンとスープだったが運ばれてきて、この時世話をしてくれたのが、今一緒に馬車旅をするアンさんだ。

 結局最後まで私の面倒を見ることになったのだろう。

 奴隷とか言っていたし、私は今、奴隷としてどこかに連れていかれていると言うことだろう。

 奴隷って、何をやらせる気だろう?

 って言うか、召喚失敗は私のせいじゃない‼

 これからどうなるのか?

 日本には帰れるのか?

 疑問は絶え間なく浮かんでは消えるが、

 「あーっ‼もう我慢ならん‼」

 何より重要なことがある。

 尻が限界。痛い。もう無理。

 急に立ち上がった為びっくり顔のアンさんを尻目に、私は来ていたダウンを脱いだ。

 冬だったので、私は厚手のパーカーにジーンズ姿。上からダウンを着込んでいたが、召喚先のこの世界、日本より少しだけ温かい気がする。

 1枚脱いでも十分行ける‼

 脱いだダウンを畳んで座布団代わりに尻に敷く。

 「ああ。」

 アンさんが納得とばかりに手をたたき、メイド服からエプロンを外す。

 同じように座席に敷いて座り、照れたように笑った(ちょっとかわいい)。


 訳が分からないまま…

 私の異世界奴隷ライフが始まる。


 

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