キングダム・シンフォニア 〜ウエスタン・ガンズ・プリンセス〜

モリアミ

ウエスタン・ガンズ・プリンセス

 町の外れで対峙する2人の男、その間を砂埃を巻き上げ風が吹く。重苦しい緊張を破るように、黒い服の男が口を開いた。

「気に入らないなお前の匂い、その甘ったるさが」

 もう一方の男は何も喋らない、しかし、男達には共通の理解があった。殺し合いが始まる。何処からともなくハーモニカの音色が聞こえる。黒い服の男はゆっくりと、そして慎重に立ち位置を変える。おそらく、太陽を気にしてのことだろう。その間、もう一方の男は一時も目を離しはしない。もはや、瞬き一つが自分の死因になりかねないのだ。黒い服の男が歩みを止め、男達の死に場所が決まった。ゆっくりと高まる緊張感と比例してハーモニカの音色も強まる。緊張が最高潮に達したとき、遂にそれは起こった。先に動いたのは黒い服の男、しかし2つの銃声は完全に重なり、倒れたのは黒い服の男だった。もう一方の男がゆっくりと倒れた男に近づく。倒れた男の瞳にその顔が映ったとき、口を開いたのもやはり倒れた男だった。

「お前は……誰だ……」

 無口な男はその問い掛けに答えることはない。ただ、倒れた男から視線を外すことなく、ポケットからビスケットを1枚取り出し、倒れた男の口にゆっくりと咥えさせる。口に甘い匂いが広がったとき、倒れた男の脳裏にある記憶が蘇る。そして、目の前で自分の顔を覗き込む男の正体を悟った瞬間、黒い服の男は事切れたのだった。


 荒野にポツンと佇む王国シンフォニア、その王宮の一室で壮大な音楽が響く。

「はぁ〜、何度見ても痺れますわ〜」

 自室の大型スクリーンの前で、エンドロールを見ながらハモニカは決闘の余韻に浸っていた。

「さすが『ザ・西部』、あの名匠セルジオ李家りのいえが最後の西部劇と銘打っただけありますわ〜」

「お嬢様……」

「口数少ない謎めいた主人公を演じるチャールズ村井むらいジュニア、憎めないコミカルさを醸す大悪党を演じるジェイソン六原ろくはら、初の悪役を見事に演じきったヘンリー本田ほんだ、どの男も渋い、渋過ぎますわ~」

「お嬢様っ」

「瑞々しさと新時代の訪れを象徴するヒロインのクラウディア刈谷かりや、寂しさと哀愁が漂い開拓時代の終焉を予感させるエンニオ諸岡もろおかの音楽、どこをとっても傑作、傑作過ぎますわ〜」

「ハモニカお嬢様!」

じい、どうしましたの、そんなに大きな声を出して、わたくし、びっくりしましたわ」

「お嬢様、お楽しみのところ申し訳ありません。ですが、そろそろお勉強のお時間でございます」

「ねぇ爺、私、ガンマンになりたいですわ〜」

「お嬢様、その様なわがままを申されましても、平和な我が国には撃ち抜いて良い無法者などおりません」

「い〜や〜で〜す〜わ〜、私、凄腕ガンマンになりたいですわ〜」

「ささ、早く支度をなさって下さい。家庭教師の先生ももう来ております」

「なりたいですわ〜、なりたいで〜す〜わ〜」

「お嬢様……」

「なりたいなりたいなりたいなりたいなりたいなりたいなりたいなりたい」

「お嬢様っ」

「たいたいたいたいたいたいたいたいたいたい」

「お嬢様!」

「たい?」

「解りました、そこまで申されるなら、この爺、人肌脱ぎましょう」

「本当ですの、爺」

「爺に二言はございません、そのかわり、一月程時間を頂いても宜しいですかな?」

「爺、私嬉しいですわ、やっぱり爺は爺の中の爺ですわ〜」

「ささ、そうと決まりましたら、今日のところはしっかりとお勉強に励んで下さい、お嬢様」

 そうして、わーいわーいとルンルン気分で家庭教師のもとに向かうお嬢様の背を見やり、爺は不敵に微笑むのであった。


 一ヶ月後

 ウキウキのハモニカの前で、寄木の木箱を携える爺の姿があった。

「ついにこの日が来たんですのね。私、来る日も来る日も名作西部劇を見ては鏡の前でクイックドローの練習に励んできたんですのよ、爺、もう待ちきれませわ」

「お嬢様、それではまずこちらをお手に取って下さい」

 そう言って爺が木箱の蓋を開けると、中にはシルバーに輝く銃身の拳銃が入っていた。ピンクのハート型の飾りが掘られた、白い柄に手を伸ばしハモニカは呟く。

「なんだか、思っていたよりファンシーなデザインですのね。私、もっと渋くて落ち着いたデザインが好みでしてよ」

「まぁまぁお嬢様、そう仰らず、そちらはお嬢様専用の『ラブ&ピース』というモデルでございます。試しに一発撃ってみては如何ですかな。的は、そうですな、この爺が務めましょう」

「じ、爺、大丈夫ですの?」

「ささ、この爺を信じて、景気よく一発」

「わかりましたわ」

 ハモニカはしっかりと銃を構え、爺の眉間に狙いを定め、えいっとひと思いに引き金を引いた。その瞬間、銃口からピンクのハートの火花が飛び出し、きらびやかなピアノの音色が響いた。

「な、なんですのこれは?」

「その銃は我が国の技術の粋を結集し作られた、特性の音波銃で御座います。引き金を引くと銃口から専用のパーティクルが飛び出し、銃弾型の音源モジュールから音が出る仕組みになっております」

「パーティクル? モジュール?」

「そちらのモデル以外にも、輝く星のパーティクルを放つ『シューティングスター』、4種類のパーティクルがランダムに飛び出す『ザ・ギャンブル』、いぶし銀な見た目と控え目な演出が渋い『オールドフェイス』、他にも様々なモデルがございます」

「爺、私、『オールドフェイス』が良くってよ、ってそうではなく……」

「モジュールもピアノサウンド以外にも様々ありまして、空気を切り裂くエレキギター、軽やかに煌めくマリンバ、哀愁のブルースハープ、変幻自在のオルガン……」

「爺っ」

「爺としましてはシンセサイザーをベースに、波形を制御して音色をカスタム出来るモジュールも提案したのですが、技術的な問題やコストの問題もありまして弾丸サイズでは難しいと……」

「爺! どういうことなのか一から説明して頂けないかしら」

「解りましたお嬢様、それでは一から説明いたします。爺はお嬢様の願いを叶える為、ウエスタンをテーマにした王国立のテーマパークを建設いたしました」

「テ、テーマパークを、それはさすがにやり過ぎでは無くて? それに一月で建設なんて……」

「お嬢様、実のところ我が王国にはめぼしい観光資源がなく、兼ねてより観光の起爆剤となるようなものを探しておりました。そこで、お嬢様の好みに全乗っかりする形でウエスタンテーマパークの事業案を議会に提出し、見事建設となった訳です」

「そ、そうだったのね、それにしても何で音波銃なのかしら?」

「いくらなんでも本物の拳銃を使う訳には行きませんので、人に向けても安全な音波銃を開発する運びとなったのです。勿論、各種音波銃や弾丸モジュールはパーク内のお店で専用通貨のBと交換することが出来ます」

「専用通貨? そんなものまで作りましたの? 流石にコストをかけ過ぎではなくて?」

「勿論、大変な労力が掛かっております。素材の選定から業者選び、細部までこの爺が監修いたしました」

ハモニカは、爺がポケットから取り出した銀色の硬貨を受け取った。

「この硬貨、サイズの割に何だかやけに軽いですわね?」

「王国の老舗に作らせた特注のビスケットを、銀紙で丁寧に個包装いたしております。徹底した品質管理で長期保存可能な食べられる専用通貨B、お土産にもバッチリでございます」

「ビスケット? まさかBってビスケットのBですの?」

「勿論ビスケットのBでございます。注意して頂きたいのは消費期限を過ぎたBはパーク内での利用も出来ない点ですが……」

「は、そういえばですわ。Bのことより、私、凄腕ガンマンになりたいんでしたわ。爺、その辺はどうなっておりますの」

「勿論、この爺、しっかり考えてございます。パーク内の各所で、無法者がBGMに合わせて飛び出してまいります。飛び出した無法者を音波銃で狙い、リズムに合わせて引き金を引くと、バッタバッタと無法者が倒れていきます」

「リズムに合わせて?」

「ある程度倒しますとボスが出てきますので、そうしましたら音波銃の決闘モードを使った勝負になります」

「決闘モード?」

「音波銃のシリンダーには五つの弾倉がありまして、そこに音階の違う五つの弾丸をセットいたします。高い音の弾ほど速く相手に当たりますので相手より高い音なら勝ちとなります。ただし一番低い音は一番高い音をかき消す仕様となっております。五回勝負で相手より多く弾を当てた方が勝ちとなります」

「つまり、相手がどんな順番で弾を込めるか、それを読み合う勝負ってことですわね」

「そのとおりでございます。たとえ相手が本物の凄腕ガンマンだとしても、読みが当ればど素人のお嬢様でも勝てるということでございます」

「なんだか引っ掛かる言い方ですが大体わかりましたわ、それでは早速パークに向かいましてよ」

「お待ち下さいませ、お嬢様! パークは国家の一大事業でございます。この国の姫であるお嬢様には、今回大事なお役目がございます」

「な、なんですの爺、籔から棒に」

「実は、お嬢様はウエスタンテーマパークのイメージキャラクターになっております。パークのかくしよにはカウガール姿のお嬢様の看板、パーク内の露店ではお嬢様の変テコなツインテールの髪型を模したハリケーンポテト……」

「爺、私に無断で何をやっておりますの? それに今、私の髪型を変テコと言いまして?」

「気のせいでございます、お嬢様、それにこれは国営事業でございますゆえ、国王の許可はとっております」

「お、お父様が……」

「それにお嬢様はただただパークの隅々まで遊んで頂くだけで構いません。その様子を撮影して編集したものをパークの公告映像といたします」

「そ、それだけで良いんですの?」

「はい、お嬢様にはただただパークを楽しんで頂いて、もしも細かくディレクションが必要なりましたら別撮りいたします。さらに、今回なんと、悪党達の親玉としてあの名優ヘンリー本田をキャスティングしております」

「わかりましたわ、でも爺」

「はい?」

「私、ヘンリー本田よりもリーヴァン栗原くりはらの方が好みでしてよ」

「リ、リーヴァン栗原でございますか?」

「クリント伊東いとうが主演を務めたあの『黄昏の助っ人』、ジュリアーノ玄葉げんばが主演した『荒野の憤怒』、数々の名作で悪役を演じたリーヴァン栗原、あの鋭い目と滲みでる色気、まさにマンダムですわ、特に『荒野の憤怒』では、序盤は主人公の目標となる伝説のガンマンであり、物語が進む内に段々と……」

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