刑事寒坂のわりと怖い捜査指揮簿
薮坂
第1話「夜のカフェテラス」
初めに断っておかなければならないことがある。これは俺の長年の友人であり、その中でも群を抜いた変わり者である「
寒坂は中学以来の友人で、俺の最も古い友人のひとりであるが、上記の通り完全に変わり者だ。まぁ変態と言い換えても問題ない。例を挙げればキリがないので割愛するが、端的に言うと色んなところがおかしいヤツなのだ。
見た目だってかなり凶悪で、死んだ魚のような目をしているが妙にハイテンションだったりするし、一時期彼女が欲しすぎて、でも当然誰にも相手をされなくて、結果「もう女の子なら幽霊でもいいや」って本気で思っていた男である。もちろんヤツには霊感なんてカケラもなかったから、ただの危ない思想の人間に成り下がっていたのだけど。
話が逸れてしまったが、とにかく色んな意味で危険なヤツなのだ。そんなヤツが俺の一番の友人のひとりというのは、なかなかキツいものがある。でも仕方ない。ヤツはアレで、見ている分には面白いヤツに違いないのだった。
さて、そろそろ話を本題に戻そう。これは茹だるような八月初旬、みんな大好き金曜日の夜の話。いつものメンバで夜のお茶会をしていた時に、この話は始まった。
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いい歳して誰一人酒が飲めない。俺たちはそんな稀有な人間たちで構成されたグループで、俺と
カナコはレイカの大学時代の友人で、趣味がオカルト全般だというからやっぱり少し変わっている。ちなみにレイカも寒坂ほどではないが変だ。
今日はそんなカナコがいたから、必然と話題はオカルト関連になった。
夏だから、知ってる怖い話を披露し合おう。自らの経験とか、近しい人間の体験だったなら尚よし。それ以外でも怖けりゃよし。そう言って俺たちは真夏の夜、カフェのテラス席で心霊話に花を咲かせることになった。
レイカの大学時代のヤバいアパートの話から始まり、俺は中学の時に体験した「四葉のクローバー」の話で追従する。しかしオカルトを趣味としているカナコの話には及ばず、カナコの話はどれも秀逸で、クソ暑い熱帯夜を忘れるにはうってつけだった。
カナコは自らの体験や、ネットで拾ってきた話などを語ったが、やはり拾ってきた話には「怖いけれどリアリティがない」と自分で話しながら不満がっていた。曰く、この手の話には「警察に通報した」とかがリアリティを出すために使われるのだが、こういう怖い話に出てくる警察は一向に出動せず、つまりはいつも仕事をしないのだという。
「──だからさ、不思議に思うんだよね。警察って幽霊関係の通報って本当に放置するのかな、って。だってもしかしたら幽霊のフリしたガチの犯罪者の仕業だって線もあるじゃん? なのにこの手の話に出てくる警察は、どれもイタズラだって決めつけて動こうとしないの。そんなのあるのかな? 確認くらいするもんじゃない?」
カナコの問いにレイカが笑って答える。よかったじゃん、みたいな雰囲気を含ませて。
「カナコ、ツイてるね。今日、仕事で一人遅れてくるって最初に言ったじゃん? そいつ
「え? ほんとに?」
「そろそろ来るんじゃないかなぁ。あとカナコ、サムってほんと変わってるから注意してね。っていうかまぁ、注意しようがないんだけど」
「そんなにヤバい人なの? ねぇ、ヨシくん?」
カナコの問いに、名前を呼ばれた俺が答える。基本的に害はないけど変なヤツだよ、と。カナコは「どの辺が変なの?」とシャレみたいなことを言うが、それが説明できれば苦労しないし何より面倒くさい。だから俺は「とりあえず頭はだいぶおかしい」とだけ伝えることにした。
「ヤバそうな人だね」とカナコ。
「まぁヤバいよ。ねぇ、ヨシ?」とレイカ。
「まぁヤバいな」と俺。自分の友人に対して酷い言い様であるけど、それは事実なので仕方がない。
そうこうしているうちに、件のヤバい
髪の毛はボサボサで目の下にはクマが出来ていて、無精髭もちらほらと見えている。明らかにしばらく寝てないみたいな雰囲気だが、これはサムのデフォルトだ。
「ようみんな、すまねーな遅くなった。仕事がなかなか終わんなくて、しばらく家に帰れてなくてよ。あ、シャワーは署で浴びてきたから汚くはねーぜ」
「いやもうその発言が汚いよ。ずっと同じ服なんじゃないの、サム?」
「署ではいつも作業着だよ、レイカ。いろんなものを扱うからな。こういうフツウのカッコは通勤の時だけだ。この服、死体臭くねーだろ? 作業着はまぁヤバいけどな」
サムはキツめのジョークを言うと、どっかりと椅子に腰掛けた。そして店員さんに「アイスコーヒーをお願いします」と注文する。サムの視線は目の前のカナコに向けられていたので、そこはレイカが説明することになった。
「この子は今日のゲスト。わたしの大学時代の友達、カナコだよ。オカルト全般が趣味の女の子なんだ。今日は暑いから、怪談で盛り上がってたの」
「カナコだよ、よろしくね」
「
「レイカから聞いたんだけど、サムくんって刑事さんなんだってね。すごいじゃん」
「全然すごくねーよ、おれは刑事にだけはなりたくなかったんだ」
「どうして? カッコいいのに」
「そりゃドラマとか映画の影響だろ? 本部のエリート刑事サマの事情は知らねーけど、一介の
「刑事さんってお給料たくさん貰えると思ってた。だって花形でしょ?」
「カナコちゃん、公務員の給料知ってる? 涙出るぜ、詳細知ったら。それに一番給料高いのは交番勤務のお巡りさんだよ、ウチの県警では。おれも交番勤務に戻りてーよマジで」
ため息を吐きつつ、サムは運ばれてきたアイスコーヒーを一気に呷った。三分の一くらいがなくなり、グラスの中の氷がカラリと音を立てる。
サムはそのまま首を回して、ボキボキとヤバい音を立てている。いつにも増して疲れているように見えるサム。それでも久しぶりに俺たちと会えたことに楽しみを見出しているようで、サムの口元は少しだけ緩んで見えた。
「で、怪談で盛り上がってたって? いいじゃねーか、なんか夏っぽくて」
「あぁ、カナコさんが結構怖い話をしてくれたんだ。さすがオカルト好きって感じで、面白い話が多いよ」
俺がそうサムに言うと、サムはまたアイスコーヒーに口をつける。「やっぱツレと話をしながら、茶を飲むのが一番だよな」と言いながら。そのサムに言葉を返したのは、今日のゲストのカナコだった。
「ねぇサムくん。さっきも話題に出たんだけどさ、オカルト関係の通報って本当にあったりするの?」
「どこそこに幽霊が出たので至急対応願いたい、みたいな通報ってこと? いやそういうのはないな、あったら行ってみたいけど」
「そういう直接的なものじゃなくてさ、ええと……」
カナコは先程の疑問をサムに説明する。たとえば、肝試しをしに廃墟に行ったグループの内の一人がその廃墟で失踪した場合、警察は対応するのか。あるいは、姿の見えないモノに追い立てられていると訴える通報の場合、警察は現場に出動するのかどうか。それを聞いたサムは再びアイスコーヒーを呷ると、氷を噛み砕きながらさらりと言う。
「行くよ。廃墟の中で失踪なんて、絶対に行く。だって勝手に廃墟ん中に入ってる時点で建造物侵入だろ、逮捕事案だ。次のその『姿の見えないモノ』についてだけど、おれらはその存在を信じないけど行くよ。通報者が覚醒剤使用者かもしれない。脳がトロけたソイツが一般市民に迷惑かける前にパクる。だから行くよ」
「どっちも行くんだ。じゃあ、イタズラだと思われて警察は来なかった、って怖い話によくあるヤツはやっぱりウソ?」
「ひと昔前なら、明らかにイタズラだとわかる通報なら行かなかったかもな。でも今は世間様からの風当たりが強いから、イタズラだとわかってても行かされる。おれも交番勤務時代、夜の墓地に一人で行かされたことあるし」
「夜の墓地にソロで? 怖っ!」
レイカの発言に、サムはからりとした声で笑う。墓を徘徊する人間がいるとの通報でサムは現場臨場したようだが、そこにいたのは認知症の老人だったと言って。
「サム、それ怖くなかったの?」
「まぁ仕事だしな。交番時代は常に拳銃を吊ってたし、今まで銃が効かねー相手に出会ったことないし。おれは幽霊より警察学校時代の教官の方が怖いよ」
「サム、お前やっぱズレてるよ」
「そうかぁ? 警察官ならみんなそう言うと思うぜ」
サムはケラケラと笑った。やっぱりこいつはズレている。ていうか、幽霊より怖い教官なんているのかよ。
「ねぇサムくん、仕事してて今まで一番怖かった経験ってどんなの? 私、怖い話大好きなんだ。教えてほしいな」
「一番怖い話か……、難しいな」
「難しい? なんで?」
「サダコとジェイソン、どっちの方が強い? って訊かれてるようなもんだ。ジャンルが違うよな。たとえば夏の気温でかなり腐敗が進んだ遺体を運ぶのと、刃物持った狂人と対峙するのどっちが怖い? って話だな」
「いやどっちも怖いよ」
「だろ? だから難しい。その代わりと言っちゃアレだけど、おれが直近で体験した話なんてどうだ? まぁキレイなオチはない話だけどな」
サムはアイスコーヒーを飲み干して、店員さんにお代わりを告げる。そして「これは今も続いてる現在進行形の話だ」と前置きをして、言葉を続けた。
【続】
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