第6話 ピンクの過去(2)

 そんな高橋の卑劣な目的に気付かず、由美は気持ちが通じたと舞い上がる。ピンクはそんな彼女を放っておいてはいけないと思った。


「週末に高橋君から映画に誘われたんだよ」


 学校からの帰り道に、由美から嬉しい報告があるからとピンクは途中の公園で話を聞くことになった。公園のベンチに座るなり、由美は幸せそうな笑顔で、映画に誘われたとピンクに話す。


「あっ、そうなんだ……」


 ピンクはその報告を喜べずに、素っ気ない返事をしてしまう。それを聞かされて、どう対応すべきか迷ったのだ。


「最近ね、高橋君からよく話し掛けられるなって感じてたんだけど、とうとう二人っきりでデートなんだよ」


 意識を読まなくても、由美が心から喜んでいるのが分かった。だからこそ、傷付くことが分かっているのに由美を止めなかったら、絶対に後悔するのが目に見えていた。


「で、でも、高橋君っていろいろな女の子に声を掛けているって聞くよね」

「えっ……」


 ピンクがそう言うと、明らかに由美の顔色が変わった。遠回しに由美を止めたかったのだが、逆効果だったようだ。


「それ、どういう意味なの?」


 ピンクは初めて由美から敵意を向けられた。余りに急激な由美の感情の変化にピンクは戸惑う。


「あっ、別に意味なんて無いのよ。そんな話を聞いたことがあるから……」

「私も遊ばれているって言いたいの?」

「いや、そうじゃなくて……」


 どう言えば由美が納得して高橋とのデートを諦めるのか、ピンクは分からなくなった。


「もしかして、あなたも高橋君のことが好きだったの?」


 由美はあらぬ方向に疑いを掛け始める。


「いや違う、そうじゃないの。私は関係ないの。実は高橋君は由美を好きな訳じゃないの。言い方が悪いけど、体目当てに近付いて来ただけなの」

「ど、どうしてそんな酷いこと言うの?! あなたに高橋君の何が分かるの?」


 言えば言う程、由美の感情を損ねるだけで、冷静に受け取って貰えない。ピンクは焦った。


「わ、私ね、人の心が読めるの」


 感情的になって立ち上がった由美に釣られて、ピンクも思わず自分の秘密を口走ってしまう。


「ええっ……何なのそれ……」


 由美は馬鹿にされたと受け取ったのか、引きつった笑い顔になる。


「そんな嘘を吐いてまで私と高橋君が仲良くなるのが許せないの?」

「嘘じゃないの。本当に高橋君の心の中を読み取ったから、あなたを止めたいの」


(一体なにを企んでるの……)


「何も企んでない。あなたが心配だけよ」

「えっ?」


(今、私はしゃべって無かったよね?)


「そう、由美は口に出して無かったよ。私があなたの心を読んだの」


 ピンクは必死だった。由美に信じて貰い、高橋から救いたいと心から願っていたから。


(嘘……心を読むなんて……本当にそんなことが出来るの?)


「出来るよ。だから信じて。高橋君は酷い奴なのよ!」


 由美の心に大きな波が押し寄せる。もう高橋のことなど小さな木の葉のように押し流していった。


(何? 今考えていることが全て分かるの? 私の心を全て読まれちゃうの?)


「由美、落ち着いて。私はあなたの心を全て読んだりしない。今までもしたことは無いよ。今はあなたに信じて欲しいから読んでいるだけ。だから落ち着いて」

「いや! 怖い、やめて! 私の心を読まないで!」


 由美は頭を押さえてしゃがみ込む。


「大丈夫よ。あなたが望まなければ、心を読んだりしない。だから落ち着いて」


 ピンクは由美を落ち着かせようと、肩を抱く。


「いや、近寄らないで!」


 パニック状態になっている由美は、ピンクの手を振りほどいて突き飛ばした。ピンクは抵抗できずに尻もちを着く。


 心を読んでいないのに、由美から強烈な恐怖感が伝わって来る。


「もう私に近付かないで……」


 由美はそう言うと、逃げるように立ち去った。一人取り残されたピンクは、尻もちを着いたまま、暫くその場を動けなかった。


 翌日から由美は学校に来なくなった。ピンクはラインでメッセージを送り続けたが、既読無視で返事が返って来ない。


 良かれと思って、自分の能力を打ち明けたが、完全に逆効果だった。


(私は今後学校に行かないから、どうかあなたは学校に戻ってください。もうあなたの前に姿を現すことはないので、安心してください)


 ピンクは最後にそうメッセージを送った。


 約束通り、ピンクはそれ以降欠席を続け、結果、退学することとなってしまった。


 それからのピンクは心を閉ざして、引きこもり状態となった。芳江は心配して、いろいろ相談に乗ってくれたが、ピンクの心が開かれることはなかった。


 四年の月日が流れたある日、芳江がある冊子をピンクに見せてくれた。それはサイコレンジャーのメンバー募集の冊子だった。芳江はピンクの能力を活かした社会復帰の切っ掛けに出来るかもと勧めてくれたのだ。


 このままではいけないと思い始めていたピンクは募集に応募した。そして見事にAIによりメンバーに選出されたのだ。


 ピンクは期待と不安が入り混じった気持ちでサイコレンジャーに参加した。結果は期待を上回るほど、他のメンバーは自分を能力ごと受け入れてくれた。


 真面目で正義感溢れる、リーダーのレッド。無骨だが、気が優しいイエロー。言葉は悪いが、本当は誰よりも仲間想いである妹のようなブラック。ドジで抜けているところがあるが、素直で正直なブルー。みんなピンクにとって大切な仲間になった。


 だが、あの日、ダーティーワーズパンサーと戦った日。ピンクはみんなを怯えさせてしまった。誰しも心の中に隠しておきたい暗い気持ちを持っている。だから自分のような存在が怖がられるのは仕方ない、当然だと、ピンクはメンバーを恨む気持ちは無かった。ただ、また自分の居場所が無くなったのが悲しかった。



 ピンクは過去を思い返しながら、のろのろと食事をしていたが、半分も食べていないうちに手が止まってしまった。考えれば考えるほど憂鬱になり、食べ物が喉を通らなかった。


「お嬢様、変な人たちがやって来ましたよ」


 芳江がノックと同時にドアを開けて入って来ると、とても慌てた様子でそう言った。


「変な人たち?」


 ピンクは驚いて、窓から入り口の門を見下ろした。

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