妖しきご縁がありますように

山吹/IIV編集部

目次

序章 天狐の約束

序章 天狐の約束

「引っ越しなんて、嫌だよ……」

 神社に続く石段に座って、私はぐずぐずと泣き続けていた。もう陽は沈みかけていたけど、明日の引っ越しを思うと立ち上がる気にはどうしてもなれない。

 ごしごしと目をこすると、伸びてきた手が私の腕をつかんだ。

「痛めるぞ。……その眼は特別だ、大事にしろ」

 鳥居を背に佇む人影が私をのぞき込んでいた。

 柔らかな髪からはぴんと尖った耳が覗き、足の間に狐の尻尾が揺れている。

 明らかに人ではないけれど、彼は私のたったひとりの大事な友達だった。

「せっかく仲良くなれたのに……お別れしたくない」

「お前はまだ幼い。この先、友達なんていくらでもできる」

 そんなはずがないことは自分がよく分かっていた。どんなに頑張っても周りに馴染めなくて、学校では息をひそめて過ごすことが癖になって――この場所で彼に出会うまで、ひとりぼっちでいることを寂しいと感じることすら忘れていた。

「そんなに辛いなら、僕との記憶を消してやる。そうしたら――」

「やめて!」

 勢いよく首を振ると、涙のしずくが石段に飛び散った。また新たな涙があふれてきて、うつむく。

「忘れたくない。忘れたら、本当にひとりぼっちになっちゃう。もうひとりぼっちはいや……」

「――それならいっそ僕に添うか、人の子」

 ふと、声音が変わって私は顔を上げた。薄闇に浮かぶ異形いぎょうのシルエットが私を見つめる。

「このてん二世にせちぎると約束するならば――いずれお前を迎えに行ってやる」

「にせ……? う、うん」

 よく分からないまま頷くと、小指が差し出された。しっかりと自分の小指を絡めると、少しだけ胸の痛みが和らいだ気がした。

「私のこと忘れないで。絶対、絶対、忘れないでね」

「どちらかというとお前の方が忘れそうだがな。言っておくが、忘れても約束は有効だぞ」

 薄い笑みが返ってきて、ふかふかの尻尾が私の足をくすぐった。

「約束の証に、お前の願いをなんでもひとつ叶えてやる。言ってみろ」

「願いを、なんでも……?」

 金色の瞳が私を映している。瞳の中の私は、怯えた寂しい顔をしていた。

「私は――……」

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