第123話 ありったけの勇気

 先鋒戦の勝利に湧く鬼の軍勢とは打って変わり、静まり返るムサネコたち。


 ラヴィアンの治療薬によって傷が治癒し、意識を取り戻したバイケン。ムサネコは茨木童子の参戦を伝えていた。それを聞いてから、バイケンはずっと申し訳なさそうな表情を浮かべている。



「マジかぁ。先鋒戦を落としちまった上に、酒呑童子と双璧と言われる鬼が加わるとはよぉ」


「戦いなんてハプニングの連続だってことだ。ルールを設けていなかった以上、俺たちには茨木童子の参戦を断る理由もねぇし、決まったんならやるしかない」


「でもよぉ……」


 バイケンは敗北を引きずっているようだった。その様子にしびれを切らしたラヴィアンの雷が落ちる。



「こらー! いつまでもウジウジしないでください! 全力で戦った上での結果です。バイケンさんは何も悪くない」


「けどよぉ」


「あー! うるさいうるさい! まだ戦いは続いていくのです。これで終わった訳じゃない。そんなに挽回したいのなら、次の復讐リベンジの機会にあの小鬼を倒せばいいじゃないですか」


「でもよぉ、次の機会なんて訪れるのかぁ? ムサシの話じゃ、代表戦にはその茨木って鬼が出てくるっていうじゃねぇか。残り3戦全勝なんて正気かぁ?」


 そうなのだ。あと一つでも星を落とせばよくて代表戦。そして、3敗した時点で団体戦の敗北が確定し、周りを取り囲む百体を超える鬼を含めた乱戦が始まってしまう。ムサネコたちはたった1度の敗北で土俵際まで追い込まれていたのだ。

 


「やるまえから諦めてちゃ話にならねぇ。でも、実際どうするよ、お嬢?」


「う~ん、ムサネコさんは絶対に勝ってもらうとして、あとはギルがいつ戻ってくるか。それも勝ってくれることが前提になりますけどね。となって、あと1勝をどこで取りに行くか……ですね」


「あとは、お嬢、クロベエ、じろきちか。3人とも前衛タイプじゃないし、クロベエに至っては1対1どころか、まともに戦いなんてやったことねぇだろ」


「確かに……。あ、そう言えば、じろきちは元九尾の狐って言ってましたよ。今は殺生石に封印されていた影響で全盛期の1割程度の力しか使えないみたいですけど」


「九尾か……全盛期の3分の1でも戻っていりゃ十分やり合えそうではあるが、さすがに1割程度じゃ厳しいだろうな」


「ですね……」



 そしてまた重い沈黙。次の次鋒戦に誰が出るべきか決められないでいるのだ。

 


「やっぱり俺が行くのが最善だろう。もう1つも星を落とせねぇ訳だし」


 ムサネコが膝に手を当てて立ち上がった。地べたに座ったままのラヴィアンは橋の下をさらさらと流れる川を見ていた。橋の上ではさっきまで凄惨な戦いが繰り広げられていたのに、川の流れはいつもと変わらない。



「もし……ムサネコさんが負けてしまったらどうなるのでしょう?」


「なんだと?」


「ここは冷静になるべきです。今思えばですが、バイケンさんを最初に出すべきではなかった。あの時は少しでもMP回復のための時間を稼ぐべきだった」


「お嬢……」


「ムサネコさんが負けてしまったら、私たちの勝率はそれこそ0%になってしまうでしょう。


 もちろん残り全勝できれば理想的ですが、私はバイケンさんでも敗れてしまうような強敵との残り3戦を今のメンバーでどう消化していくのが最終的に勝ちに繋がるのかを考えています。


 最低でも2勝2敗に持ち込んで茨木童子と代表戦。その方がまだ最終的に勝てる見込みがあるのではないでしょうか。


 ムサネコさんが、茨木童子になんて勝てっこないって言うなら話は終わってしまいますが」


「煽るじゃねぇかよ。じゃあ、次は誰が適任ってことになる?」


 ラヴィアンも立ち上がり、大きく天に向かって伸びをする。



「ん~、それはもちろん私です。ムサネコさんは絶対に負けは許されない。そのために私がMP回復の時間を稼ぎます。あとは、ギルが戻ってきてくれるのを待って彼に託しましょう。どの道、私、クロベエ、じろきちの誰が出ても今の力ではあの鬼たちに勝つのは相当難しいでしょうし」


「……お嬢。お前、LP《ライフポイント》は2つ以上あるんだろうな?」


「エルフのLPは2です。1つ失っても死にはしません」


「すまねぇな。お前には楽な場面で繋いでやりたかったんだけどよ」


「全然いいのです。それにこれまでずっと負け前提で話をしていますが、勝負は何があるかわかりませんよ。もし私が勝ったら一気に形勢逆転。3連勝で茨木童子の出る幕なしで終わらせられますし」


 ラヴィアンの足元を見ると、膝からガクガクと震えていた。今、この少女はありったけの勇気を振り絞っているのだ。LPが1つ残るとはいえ、HP《ヒットポイント》が0になると言うことは一度は仮死状態になると言うことだ。恐怖を感じていないはずがない。



「お嬢。お前が負けそうになったらこっちから棄権を宣言するってのは?」


「それはやめてください。私の仕事はムサネコさんのMP回復の時間を稼ぐこと。そして勝つことなのですから。仮に負けそうになっても私はとことん粘りますよ」


 そう言って、ラヴィアンは腕まくりをして細い腕で力こぶを作って見せた。彼女が虚勢を張っていることはこの場の誰もがわかっていることだが、ムサネコとバイケンは何も言わずに受け入れていた。



「よっしゃ、行ってこいお嬢! 後のことは気にすんな。頼んだぜ」


「すまねぇなぁ。今度美味いもんでも食わせてやるから頑張るんだぜぇ」


「ありがとうございます。二人とも。あ、ムサネコさんは回復に努めておいてくださいね」


「あぁ」


 ラヴィアンは二人を交互に見やると、背を向けて橋の中央へと歩き出した。



「勝ってきます!」


 右手を天に突き上げて、ラヴィアンは悠然と進んでいく。

 二人は、その小さな背中を祈るような思いで見つめていた。

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