第28話 【クロベエ編③】A級凶悪クラン

 その日のお昼時。クロベエとバイケンは、オーラミラの街にあるエリアギルドの建物の屋根の上に戻ってきていた。

 

 この辺りで一番見晴らしの良い場所であり人の邪魔も入らない。情報収集の拠点には最も適していると思われた。



「戻ってきたはいいけどよぉ、これからどう動くつもりだぁ?」


 朝食時に、クロベエはバイケンにこの地に調査に来ていることを伝えていた。


 するとバイケンは、「面白そうだから俺も連れて行くんだぜぇ」と言い出し無理やりついて来て、そして今、目の前で「うひゃひゃ」と楽しそうに笑っている。



ターゲットが動くのはきっと夜だよ。首に髑髏ドクロとその目を通り抜ける蛇の刺青がある連中。ギルはそう言ってた」


 クロベエが言うと、バイケンは「髑髏と蛇の刺青だぁ?」と言っていぶかしげな表情を浮かべた。バイケンの表情が変わったのが気になって、クロベエが尋ねる。



「何か知っているの? もし知っているなら何でもいいから教えてよ」


「ン……あぁ、いや、聞いたことがねぇなぁ」


「そう……、じゃあやっぱり地道に情報を集めていくしかないね」


「……」


(コイツ、思ったよりもずっと厄介ごとに首ツッコんでんじゃねぇか。これがもし、〈アイツら〉だとしたら……)


 バイケンは腕組みをして考え込んでいたが、クロベエが前足でつついて自分の方に気を向ける。



「ねぇ、まずは自警団の詰所に行ってみようよ。あそこなら何か情報が聞けるかも」


 バイケンは考えがまとまってはいなかったが、断る理由も思いつかず、しぶしぶ同意した。クロベエを背中に乗せると、街の一番大きな自警団詰所に向かって空を駆けていく。


 自警団に着くと、門には二人の騎士が立っており、建物には【犯罪をしない・させない・許さない】というスローガンの幕が垂れ下がっていた。

 

 門をくぐり、建物の中へ。視線は感じるが、誰にも引き留められることはなかった。クロベエは疑問を抱く。



「ねぇ、バイケン。キミってそんなに珍しい見た目をしているのに、誰からも声を掛けられないんだね」


「なぁに言ってんだぁ? オイラは人には見えないから当たり前なんだぜぇ」


 意外な言葉に目を丸くするクロベエ。



「え? そうなの? 道理で……って言うか、何で人には見えないの? なんかずるくない?」


「ごちゃごちゃうるせぇなぁ。オイラは妖怪だから人には見えないようにできるんだぜぇ。まぁ、その辺は精霊とかと似たようなもんだぜぇ」


(妖怪? 精霊? じゃあ、ニンフと同じようなことなのかな。でも、ギルにはニンフが普通に見えていたよね。どういうことなんだろ。う~ん、まぁいいか)


 クロベエは知能こそ高かったが、あまり深く考え込まないたちであった。それよりも、ここでミスを犯したことに気づく。焦り、顔から汗を飛ばしてクロベエが力なくこぼす。



「……ねぇ、自警団に来てみたはいいけど、ここからどうやって情報を集めよう。事件が載っている掲示板みたいなのって無いのかな?」


「なんだぁ、ノープランで来たってのかぁ? ったく、だからお前はチビスケなんだぜぇ」


 クロベエはむっとして言い返した。



「何だよー。じゃあ、バイケンなら何とかできるって言うの?」


 バイケンは、「うひゃひゃ」と笑うと近くのトイレに歩いて行き、そのまま中に入ってしまった。


(やば、怒らせちゃったかな)とクロベエが気にしていると、トイレから二人の女の人が出てきて、そのうちの一人がクロベエの目の前で止まってしゃがみこんだ。


 若くて、オレンジがかった金色の長い髪はツヤツヤ。なんだか色っぽいお姉さんだなとクロベエは思った。



「何見てやがるぅ。オイラだぜぇ」


 女の人から放たれた野太い声にクロベエは腰を抜かした。



「ばばば、バイケン? なにそれ? 一体どういうこと?」


 クロベエは動揺を隠せない。



「なにそれって、ただの〈変化メタモルフォーゼ〉じゃねぇかぁ。お前、できねぇのぉ?」

 

「できないよ! だいたい何なの〈メタモルフォーゼ〉って?」


 バイケンは、ふんと鼻で笑うと、嬉しそうに答えた。



「そりゃお前、アビリティだぜぇ。お前も〈隠密ステルス〉を持ってんだろぉ」


「アビリティ? え? ステルスってアビリティなの? ボク、そんな説明受けなかったんだけど」


 クロベエは、心の中で(ニンフ~)と恨み節。



(まぁ、ステルスの取得条件をクリアしてすぐに任務に向かうと言ったのは確かにボクだったけど、そんな大事なことならちゃんと教えてくれればいいのに)


 クロベエは、何やら混乱して頭の中にもやがかかったような感覚に襲われた。



「アビリティのことならあとでゆっくり教えてやんぜぇ。それより今は情報収集だろぉ」


 バイケンの言う通りだった。靄を振り払うように頭をぶんぶんと振ってクロベエが尋ねる。



「その姿。今は人から見えているの?」


「見えてるぜぇ。声は聞こえてないはずだけどなぁ」


 クロベエは頷いた。



「人に聞こえるように話すこともできるんだよね?」


「もちろんだぜぇ。変化メタモルフォーゼってのは、そこまでできなきゃ意味のねぇアビリティだからなぁ」


 クロベエは思わずガッツポーズをした。女性の姿のバイケンの膝に前足を置くと、キメ顔で見上げた。



「じゃあ任せていいかい? バイケン」


「あぁ、首に【髑髏の目を通過する蛇の刺青】が入った奴らの情報だったなぁ?」


「うん。あと、声も女の人っぽくできるんだよね? そんな野太い声じゃ気持ち悪いし」


「できるっつーの」


 そう言い残し、バイケンはすたすたと受付へと歩いて行った。しばらく話し込んだ後、クロベエに振り向くと手招きをする。それを受けて、てくてくと近づいていく。


 クロベエが足元へとやってくると、バイケンは受付に案内された騎士へと声を掛けた。

 

 騎士に誘導されて、奥の一室へと入る女装バイケンと黒猫クロベエ。



「お嬢さん。あなたが知りたいと言うのは、本当に【首に髑髏の目を通過する蛇の刺青が入った男たち】で合ってますかな?」


 甲冑姿に兜を外した騎士は、警戒の眼差しを向けてバイケンに尋ねた。



「そうなんですぅ。オ……あたしぃ、その男たちに襲われそうになったんですぅ。何とか逃げ延びたんですけどぉ、これから外を歩く時にまた襲われないとも限らないからぁ、先に情報を集めておきたいと思ったんですぅ」


(声はめちゃくちゃ可愛いけどクセ強すぎてうぜー!)


 クロベエは心の中でツッコんだ。一方で、特に気にする様子もなく騎士は言う。



「ふ~む、そうでしたか。ですが、あなたは運がいいとも言える。奴らに襲われて逃げられた人なんてそうはいませんからね」


「そうなんですぅ?」


(バイケン、もしかして楽しんでる?)


 疑いの目を向け始めるクロベエ。しかし、次の騎士の言葉で場の空気は一変した。



「そうですぞ。なにせ奴らはFから始まる凶悪さを示す等級で、〈王国A級凶悪クラン〉に指定されているのですからな。クラン名は【骸蛇がいじゃ】」


 騎士の言葉を聞いて動揺したのか、口調を変えることを忘れてバイケンは言う。



「A級だとぉ? ってことは奴らは……」


「うむ、クランメンバーの前科は合計五十犯超えで懲役の合計は千年オーバー。奴らは六人で構成されているから、一人辺り前科八から九犯と言いたいところだが、ここはリーダーが飛びぬけた凶悪犯でしてな。


 強盗殺人、傷害に婦女暴行、窃盗、拉致監禁までなんでもありで、一人で罪を重ねるだけ重ねて、こちらが把握しているだけでも前科二九犯。


 しかも、死刑囚として収監されている間に脱獄まで繰り返しているから、我々自警団としても完全にメンツを潰された格好になっているのです。捕まえても捕まえても逃げられ続けて、正直困り果てております。それはまるであやかしのようでして……」


 そう言うと、騎士は力なく項垂うなだれた。騎士を横目に見ながら、バイケンは両肘を机の上について手を組むと、その上に顎を乗せて呟いた。



あやかし……ねぇ……」


 クロベエは聞いた話をしっかりと記憶する。A級凶悪クランのこと、クラン名、リーダーの凶悪性など。頭の中で整理していると、ふとギルが丘の上で泣きながら誓っていた言葉がよぎった。



『必ず仇は取るよ……。この命に代えても――』



(いや、これはまずいよギル。相手はキミが思っているよりもずっとずっと危険な人物だ。話を聞く限り、おそらくは……)


 部屋に若い女性がお茶を持ってやってきた。騎士は項垂うなだれ、女装バイケンは天を仰ぎ、クロベエは小刻みに震えている。

 

 場の深刻な空気を悟ったのか、女性はお茶を机に置くと足早に部屋を出て行った。

 

 言葉を発することすらはばかられる。

 重たい空気がその場を支配しているようだった。

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