第22話 人生終了のお知らせ
「――なっ!?」
洋子は驚愕に目を見開き、口を意味もなく開閉させる。
即座に否定しない反応から分かる通り、やはり嘘をついていたのだ。
実際には実家で八尋を匿い、彼女が逃げ出さないよう監視のために夫が家に残ったのだろう。
「さ、先ほど言いましたよ!? 夫が探していると!!」
「私はそれが嘘なことを知っている。それだけの話です」
証拠があるなんて告げるのもめんどくさい。
それほどまでに八尋の愚かな行動が私に嘘だと教えてくれたのだ。
「三日前、八尋が美海に売春行為をさせようとしていると思しき会話をメールでお送りしたと思います」
「は、はい。あの八尋のスマートフォンを撮影したものですよね。それがわたくしの嘘の証拠になると仰るのですか?」
ポケットからスマホを取り出し画面を操作してあるアカウントに接続すると、それをそのまま洋子の眼前に突きつけた。
「正確にはSNSの名前ですね。見てください、同じですね?」
「……覚えてはいません」
「では確認してください。まあ、確認するまでもないんで言ってしまいますが、これは八尋のアカウントです。なにせ本人のスマホから入ることが出来たのですから」
アカウント名は『MAHIRO@浮気されたから離婚してやった二児の母』だ。
もうこの時点で頭が痛くなってくる嘘まみれな名前だったが、我慢して説明を続ける。
「このアカウントがちょうど二日前にですね……」
画面をスクロールさせ、目的のつぶやきを表示させた。
途端、洋子が目を見開いて驚く。
「――まぁっ」
「お分りいただけてありがとうございます」
そこには、「ストーカーと化した元夫が襲撃してきた。命の危険を感じるので実家に退避する」なんて自分に都合のいい文面が記されていた。
もはや証拠以前に自白である。
スマホを私に押さえられた時点でSNSはバレているのだから使うのを辞めればいいのにそれが出来なかったらしい。
「あ、ついでに子どもたちは元夫に連れ去られたことになってますね。善意の第三者の書き込みに対してそう言ってます。いやぁ、善意の第三者さんはいい仕事をしてくれましたよ」
「まさか令次さん、あなたが……」
「それこそまさかですよ」
これは本当に私のしたことではない。
恐らくは八尋の言う事を本気で信じ切っているフォロワーの行動だろう。
ただ、それを洋子に知るすべはない。
こうして思わせぶりなことを言っておけば、勝手に疑心暗鬼に陥ってくれるだろう。
「まあ、そんなわけで八尋本人が自分の動向を逐次教えてくれたというわけです。SNSにはお互い気を付けましょう」
「…………」
両手をわななかせているのは、娘のバカな行動に怒り心頭だからだろうか。
いずれにせよ、初っ端から嘘をつくような相手に遠慮をする必要はなかった。
「それでは、連絡をお願いします」
強い語気でお願いすると、ようやく諦めたか隣に置いていたハンドバッグからスマートフォンを取り出した。
ただし、小さな機械を握りしめたままずっと俯いたままだ。
娘を裏切るにはあと一押しが足りないのだろう。
「……洋子さん」
「はい」
「前の時、八尋の奴はどうだったか思い出してください」
「…………」
前とは、私と離婚騒動に発展した時のことだ。
「あいつ、今回と比べてどうですか?」
「比べてって……」
私がずっと十五万円もの養育費を毎月払い続けていたことを黙っていた。
娘である美海に援助交際をさせようとしたことも黙っていた。
「まったく反省してませんよね」
離婚する時も散々嘘をつき続けて浮気したのは私だとまで吹聴してみせていた。
今も昔も、八尋にあるのは嘘だけだ。
自分さえよければ親にでも嘘をつく。血の繋がった子どもですら食い物にする。
それが設楽八尋というクズ女の本性だった。
「いいんですか? このままだとまた元の木阿弥……いや、もっと酷い目にあいますよ」
「それは……」
仕方なく、スマホを操作して録音アプリを立ち上げる。
そして……。
「初海、台所で炭酸飲んできていいぞ」
「この状況でなにするか気づかねぇわけねえだろっ! ざけんな!!」
私の後方で待機していた初海にはスマホの画面が見えていたので、さすがに勘付かれていた。
「……特上とか?」
「頷くわけねえだろ……!」
囁き声で買収を試みたのだが、泣くほど美味い特上寿司であっても羞恥心には勝てなかったらしい。
どうするべきかと考えていたところで、強行されてはたまらないと初海の方から切り出した。
「……アタシと客との会話が録音されてんだよ」
「え?」
洋子は、初海が指したスマートフォンを怪訝そうな様子で見つめる。
まだ事の重大さを理解できていないようだ。
「アタシがきちんと未成年ってーか中学生だと分かって金を払ってコトに及ぼうとしたの。警察に持って行きゃあ確実に逮捕されるって代物だよ」
「逮捕されるのはもちろん、客だけでなく斡旋した八尋もです。客がきちんと紹介した人物として名前をあげていますから絶対に逃げられません」
私の補足説明でようやくコトの重大さを飲み込めたのか、洋子の顔から血の気がさぁっと引いて行った。
「私たちが警察に駆け込まなかったのは、出来る限り早く八尋からこの子たちを解放したかったからです。それから母親を前科持ちにしたくはありませんでしたし、なにより……」
真っ直ぐ正面から元義母の瞳を見つめる。
少しは逃げ道を用意しておいた方が要求は通りやすい。
それを前回の離婚騒動でよくよく学んでいた。
「八尋を正しい道に戻せるのはあなた方しか居ないからです」
八尋から恨みを買えばどうなるか。
目的である養育費の返還など夢のまた夢だ。
最悪、私や美海たちに危害を加えようとするかもしれない。
ならば、破滅させられるだけの武器を握った状態で恩を売りつけ、コントロールする方がまだマシだった。
「お願いします。娘たちが誇れる母親でなくてもいい。せめて恥ずかしくない母親にしてあげてください」
「…………うっ」
洋子の瞳に涙が浮かぶ。
当然だ。
だれも好き好んであんな娘にしたいはずがない。
勝手にああなってしまったのだ。
そういう意味では、洋子を含めた斎藤夫妻も八尋の被害者だった。
「わかり、ました……」
ようやく洋子が電話をかける。
しばらくして出た相手と何事か口論して……。
「どうぞ」
スマホを私に手渡して来た。
録音できるようスピーカーホンに設定してから机の上に置く。
第一声はなんと言うべきかと迷っている内に、
「なに?」
と、不機嫌そうな八尋の声が聞こえて来た。
それだけでなんとなく電話の向こう側が想像できてしまう。
開き直った八尋が、全ては私のせいだと決めつけていそうだった。
「八尋、お前美海に渡すべき養育費を着服してたな?」
「はぁ? あれ慰謝料でしょ」
あまりの言い草に失笑してしまう。
慰謝料を払うべき立場は八尋の方だ。
まさか、そういう言い訳を周りにし続けた結果、自分すらも本当だと思い込んでしまったのだろうか。
「裁判所に確認した方がいいか? どちらが慰謝料を払う立場だったのかを」
「うっさいわね、嫌味なヤツ」
嫌味にさせたのは誰だと言いたかったが、ここで口論になってもいい事はない。
私の目的は、八尋に使い込みを認めさせることだ。
今は。
「嫌味で結構。君には月十五万円、総額二千七百万円の返金を、これから十五年かけて行ってもらう。それだけだ」
「はぁっ!?」
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