芙美花視点(9)

 “新米魔女”の“お披露目”当日の昼。芙美花は木槿に手伝ってもらい、フロア丈のドレスを着て最後の確認をする。大人しめのサックスブルーのドレスは芙美花が気に入ったものだったから、着るたびに自然と気分が上向く。


「よくお似合いですよ」


 木槿にそう言って貰えれば、なおさら。お世辞かもしれないという可能性は頭の中にあったものの、そんなわずかな疑念など吹き飛んでしまうほど、木槿の言葉は芙美花にとってうれしいものだった。


「よかった……。何度も確認しちゃってごめんね。ドレスなんてまず着ないから……。似合ってるのかどうか、よくわからなくて」


 “お披露目”のためにわざわざ仕立てたドレス。それは現代日本を生きる普通の女子高生だった芙美花には馴染みのないもので、ゆえにそれが自分の容姿や体型に似合っているものなのかどうか、イマイチ判じれないのであった。


 すると比例して恐れの感情を抱いてしまう。芙美花は、他人の視線が苦手だ。その好悪にかかわらず、疑心暗鬼に陥ってしまう。他者からの注目は、芙美花が望まずともされてしまう状況ばかり経験してきた。そしてその結果、もたらされる芙美花への好ましからざる感情の数々も。


 けれど“お披露目”を欠席するという選択肢はないに等しかった。“偉大なる魔女”がわざわざセッティングしてくれた、交流の場だ。この世界で生きて行くと決めた以上、それを蹴るのはナシだろうと芙美花は思っていた。


「……応援、してくれる?」


 正直に言って、怖かった。また元の世界と同じように陰口を叩かれたり、舐めるような視線で見られることを想像すると、身がすくむ。ただの自意識過剰で終わればいいが、芙美花の容姿はあまりにトラブルを呼び込む。芙美花はそれを経験として知っている。


 だから芙美花は思わず上目遣いに、助けを求めるように木槿を見てしまった。それに対し木槿は、


「もちろんで御座います」


 と、芙美花が欲しい言葉を惜しげもなく、くれる。木槿のその言葉で、芙美花は肩に変に入っていた力が、抜けたような気になった。


 木槿が応援してくれているのなら、頑張ろうと芙美花は思えた。笑ってしまうほど単純だと思ったが、元気づけられたのは事実。


 木槿は、腕にかけていた白いストールを芙美花の肩に羽織らせてくれた。姿見の前で芙美花はストールを肩に掛けた自分を見つめたあと、もう一度木槿の顔を見上げた。微笑む木槿が視界に入り、芙美花の心は舞い上がるような気持ちになる一方、ようやく息を吐いて安堵できる気持ちにもなった。


「社交の場では常にお傍に控えることは叶いませんが……気持ちは芙美花様のお傍に」

「うん……。このストール、ムーさんだと思っとくね。――よしっ、人脈作り頑張るぞ!」


 ……と威勢よく言いはしたものの、芙美花のコミュニケーション能力なんてたかが知れている。木槿とスムーズにコミュニケーションが取れているのは、ひとえに彼の気遣いのお陰だろう。もちろん芙美花はそのことを自覚していた。


 だから、自分が頑張らないといけない、と芙美花はどこかで変な力を入れてしまっていた。あとで振り返ってそう客観視できはしたものの、「覆水盆に返らず」との言葉が示すように、一度口から出た言葉や、起こしてしまった行動をなかったことにすることはできない。


「わたしの執事に対する侮辱は許しません。それに――見るに堪えないほど醜い? 美しいの間違いでしょう! 見てくださいよ、この切れ長の大きな目! 輝く金色の瞳からは聡明さが見取れるでしょう! きらめく銀の髪もさらさら! 毎日丁寧に手入れしてるのがわかるでしょう?! 『枯れ枝のように心もとない』? わたしにはこれくらいでちょうどいいんです! それにムーさんは毎日鍛えてるんで頼りになります! それに! なにより! ムーさんはわたしにとーっても優しい、これ以上ないくらい出来た執事なんです―――――――――!!!!!!」


 木槿が耳打ちして教えてくれた、ブレナダン公子がご立派な地位のお持ち主であることなど、芙美花の脳から一瞬で吹き飛んだ。公子の、木槿を侮辱する数々の言葉は、芙美花にはとうてい看過できないものだった。


 気がつけば、芙美花は広いホールに響き渡る声でひと息に叫んでいた。


「わかりました?! ――わたしっ、B専なんです! わたし! すっっごいブサイクが好きなんです~~~!!!」


 わけのわからない空気になった。張り詰めているわけでも、冷たくなったわけでもなく、ただしっちゃかめっちゃかな空気だけがホールに残った。続いているのは楽団の演奏くらいで、みなおしゃべりをやめてしまっていた。


「――そういうわけですので! ごめんあそばせ!」


 もう、最後のほうは芙美花自身ですらなにを口走っているのか理解していなかった。


 ただ、やらかしたことだけは理解して、逃げるように木槿の手を取ってホールを退出したことだけは覚えている。そして気がつけば控えめにライトアップされた中庭のガゼボに、芙美花は深く腰掛けていた。

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