教室の

石田明日

 先生に指示された通りに線を引いた。教科書にこれをするとき、周りの子が何色でなんのペンを使っているのか観察することが僕は好きだ。

 定規を使ってる人もいれば、フリーハンドで教科書が破れそうな勢いで線を引く人もいる。カラーボールペンを使う人はあまりいない。みんな蛍光ペンを使っていた。パッケージが白くてシンプルな今流行りのペンばかりがあちらこちらで動いている。

 確かにおしゃれだとは思うが、あれが何本も筆箱の中に入っていたら分かりにくいんじゃないのか? と買う気なんかないのに文句を探した。

 ミーハーなんだなと同級生を小馬鹿にし、僕の左手に視線を戻すと母のお下がりのペンが握られている。お年頃という今の時期は少しこれが恥ずかしい。だからといって欲しいペンやこだわりだってないから、仕方なくこれを使っている。

 筆箱はできる限り小さくしたい。あまり無駄なものは入れたくない。だけど、塗り絵をするつもりなのかわからないが、大きめな筆箱にカラーペンを何本も入れている女子の筆箱は少しだけ、宝箱のようなものにも見える。

「筆箱ちっちゃいよね」

「そっちが大きいだけじゃない?」

 キャップがうまく閉まらず、指にオレンジ色がついた。蛍光ペンのこのペトペトした感じが僕は苦手だ。筆箱にペンをしまおうとしたら、隣の席の子に声をかけられた。

 彼女の筆箱は少しだけ黒ずんでいる。新品はきっともう少し綺麗なクリーム色だったと思う。触るとなんの動物も連想されないファーがついている。The女の子というわけではないが、男の子が持っていたら不自然ではある見た目をしている。

「何入ってるの?」

「そっちに入ってる余計なもの取り除いて余ったもの」

「どれも余計なものじゃないんですけど!?」

 肩を震わせながら笑う彼女の教科書には薄くオレンジ色のラインが引かれている。それに気づき、少しだけ嬉しくなった。

 左手の親指をいじりながら、僕の左腕が彼女の近くにあることに少しだけ心が弾んだ。ノートを書くときに詰められる距離に緊張はない。

 歴史の授業では、オレンジ色がよく弾けている。僕たち以外にもオレンジを使ってる生徒が大半だとは思うが、僕がそれを認識できるまでは信じない。僕たちのオレンジだと言い聞かせる。

 彼女のことをちらちらと頭に入れながら、授業に集中した。好きな子や気になることがあっても、授業には集中することができるという僕の集中力は少しだけ鼻が高いような気もする。

 チョークの粉がふんわり床に落ちていった。カチッとチョークを置く音がした途端、先生が大きな声を出した。それまで指示されたことしかやる気のない僕たち生徒は、目を細めたり、寝る準備をしようと机を不自然にならないよう片付け始める人が多かったが、ほとんどの生徒の体が一斉に可愛らしく動いた。

 僕が笑い声を出す前に、彼女がまた隣で肩を震わせていた。先生と目が合い、僕も笑った。

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教室の 石田明日 @__isd

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