ある夏の話 ~ひろ猫2~
そらいろ
ある夏の話
「いや、さすがにダメでしょ」
彼女の手から奪った一口サイズのチョコレートを、僕は口に放りこむ。
「え、なんで」
「ネコじゃん」
「こんなので死なないよ」
「だーめーでーすー」
隣でむぅっと頬を膨らます彼女、ヒメこと渡辺姫香は猫なのである。
猫にチョコレート。当然ながらアウトだ。そんな訳で僕はチョコレートの袋を彼女から取りあげた。
「えぇー、嫌だやだヤダ」
彼女がゴネる。毛並みの良い尻尾がゾワッと逆立つ。小さな口から牙が覗く。ゴキゲンナナメのポーズ。
「......カリカリ、食べる?」
耳と尻尾がピンと立つ。身体は正直。それはまぁ、いいんだけれども。
「さすがに、ちょっと、離れて。暑い」
季節は夏、外は酷暑。ヒメの尻尾は暖かすぎる。というか暑い。節電とか言っていられない。時々雨雲が来て日がかげってくれれば良いのだが、雲が来たと思ったら台風だった。そこまでの嵐は望んでないんだよな。
ひんやりクッションの上でのびているヒメを横目に、僕はエアコンの湿度を下げた。溜め息をついて、テレビをつける。地元のニュース番組。新人リポーターが、浴衣を着ている......?
「なにあれ!」
しまった。遅かった。こうなるとヒメは止まらない。腹をくくるしかなさそうだ。
ニュースによれば、今夜、隣町で花火大会があるのだそうだ。浴衣の新人リポーターが設営の様子を伝えている。隣町まではそう遠くない。今から店を回れば浴衣も何とか間に合うだろう。
期待の視線が痛い。キラキラ輝く瞳。僕はこの目に勝てない。
「見に行こうか、花火。とりあえず、浴衣買いに行くぞ。」
耳と尻尾をごきげんに揺らして、ヒメはあっという間に支度を済ませた。
数時間後、僕達は隣町の河川敷にやってきている。姫香の長い髪は見事に結い上げられて、花の髪飾りが風に揺れていた。古典柄の浴衣と蝶をあしらった帯はよく似合っていて、嫌という程人目を引く。黙っていれば美人なのだが、生憎彼女は猫である。たくさんの屋台とあふれかえる人の群れに大興奮。耳と尻尾が出てきやしないかと僕はひやひやしっぱなしだ。
「屋台を回るのは後な。あと、猫なんだから食べ物系はダメ」
「あれは? あれは?」
「後でな。まずはこっち」
僕は右手奥に見えてきた鳥居と参道を指差す。納得したのか、彼女は大人しくついてきた。
長い階段を登りきった先に、古めかしい神社の境内がある。手水舎で手と口を清め、拝殿の前に並んで立つ。まがりなりにもこの神社のお祭なのだが、境内は閑散としていた。
ちりん
と、軽やかに鈴が鳴る。がま口から小銭を出して姫香に渡し、自分も賽銭箱に入れる。
二礼、二拍手、一礼。姫香は随分と長い時間、目を閉じていた。
「何か、お願いでもしてたの?」
「いいえ。神様に、ご挨拶と、お礼。あとは少しおはなし」
「おはなし?」
「そ。土地の神様とおはなし。私も神様の端くれだもの。ちゃんと聞こえるんだ」
そうか、化け猫って神様なのか。
少しばかり呆然としていると、柔らかな声に呼ばれた。
「シュン! 下にあったあれやりたい! なんか撃つやつ!」
「はいはい。射的な」
僕は呆れながら、長い長い階段をかけ降りていく。
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あわきち尋袮(たずね)is河内三比呂(@awakicitazune) 様主催 闇鍋小説企画第三弾の参加作品です。
キーワード:チョコレート / 雨雲 / 花火 / 蝶 / 神 / 目
ある夏の話 ~ひろ猫2~ そらいろ @colorOFsky
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