君のために

マッチゃ

夢幻泡影

 余命3ヶ月です。医師にそう告げられてからもう2ヶ月が経とうとしていた。思い返せば短かったもののそこそこいい人生を歩めたと思う。ひたむきに小説に向き合う彼氏に、私の考えを理解し尊重してくれる両親、そしてたくさんの友達がいた。私の周りにはいつも笑顔が溢れていた。

しかし、幸せは長くは続かなかった。神様は天邪鬼で意地悪だ。もしもカミサマがいるのなら何百回、いや、何万回地獄に落としても足りないと、意味もない事を考えながら今日も味のない病院食を口にする。

そろそろ時間かなと時計を確認してドアの方に目を向ける。重苦しいドアが開くと彼がいる。

彼は小説を書くので忙しくてしかたがないはずなのに毎日決まった時間にお見舞いに来てくれる。最初の頃は強がって、

私のことはいいから小説を頑張って!

なんて言っていたけど、今やもう彼がいないと不安で、心細くて、怖くて、寂しくてどうしようもなくなってしまった。

でも今日こそ別れを告げなきゃと何回目かの決意を固める。本音を言えば勿論別れたくなんてない。

でも、私と違って彼はこれからも生きていかなくてはいけない人だ。私なんかよりもかわいいお嫁さんと一緒になって、私が嫉妬で舌を噛みちぎるくらいに幸せになってもらわないと私が報われない。

ジュースを買ってきてほしいと適当な嘘で彼に病室から出ていってもらい最後の心の準備で深く、深く深呼吸をする。

人生で1番長かった呼吸を終えてふと机に目をやると、彼のスマホが目に入ってきた。今日くらいいいよね、と好奇心に負けた自分に言い訳をし、ロックを開けようとした。

数字式のロックなら彼の性格からして彼か私の誕生日と思っていたが、9つの点を正しい順番でつなげるタイプだったので、全くわからなくなってしまった。何回か試したが開く気配はない。

5回か6回目の挑戦に失敗して諦めかけたときに、パスコードを忘れた時用のヒントが出てくるボタンが出てきた。さすがに少しだけ罪悪感がでてきたが、ここまで来たらもう好奇心に勝つ未来はなかった。

画面をタップする。

文字が表示される。

“俺が一生そばにいると決めた人は?”

指が震える。

世界でいちばん知っている名前を打ち込む。ロックが開く。きづけば視界はかすみ、大粒の涙が宝石のように輝いていた。

 俺がジュースを買って戻ってきたときに何故か彼女は泣いていた。

理由を聞いたが、“なんでもいいでしょ”と、久々にみた満面の笑みで答えられたのでますますわからなくなってしまった。その後はいつものようにくだらない話をたくさんして、明日も来るよと言って別れた。

病院を出て携帯を見ると編集の人からの催促の電話が何件も来ていた。彼女がこの世界からいなくなろうとしている時でも世界は何も変わらずに回っているのだなと思うと無性に腹が立った。しかし、無視するわけにもいかなかったのであきらめて折り返そうと思って携帯を開こうとするがパスコード違うと拒否される。5回ほど試したがやはり開かない。忘れっぽい自分の事だから、昨日の夜にでも変えたのを忘れたんだろうと諦めてヒントをみる。


“私の事なんか忘れて、別の人の彼氏になってさっさと自慢しに来いよ!p.s.パスコードは…”


「忘れられるわけないだろ…」

と、気づけば通りのど真ん中で独り言を言っていた。寂しい空に輝く夕焼けが背中を押すように輝いていた。

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君のために マッチゃ @mattya352

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