第19話 法国の奥で
シクスス、フォアイル、リュミエールの3人の一般メイドとシズ・デルタ、ルプスレギナ・ベータの2人の戦闘メイドは、ともに法国首都の食堂で1つのテーブルを囲んでいた。
「でも、面白かったっスねぇ〜。あの生き返らせた兵士、私を六大神の生まれ変わりとか言い出して、すっかり崇めだしたっス。あのまま、生皮を剥いでやればよかったっスかねぇ」
「ははっ。こんな具合ですか?」
シクススは、目の前には置かれたブタの丸焼きをナイフで刺しながら尋ねた。
食堂に来ているのは、法国全体が質素倹約の精神が浸透し、豪華な食事を提供するレストランが存在しないため、食事を提供する場所は全て食堂と呼ばれているためだ。
首都ではとくにその傾向が強く、スレイン法国では美味いものが食べたければ辺境に行けという言葉があるほどだ。
だが、それは表向きである。
シクススたちには2つの武器がある。
山ほどの交金貨と、種族特性である異次元の胃袋だ。
「おっ、シクススっちは人肉も行けるっスか?」
「い、いえ。想像しただけです。人間の肉は……ねぇ?」
シクススはフォアイルの視線を向けた。口の中にいっぱい、香ばしい豚肉を含んでいる。
もごもごと口を動かしながら首肯するが、何を言っているのかわからない。
「……ナザリックでは、食べていないはず。生きている人間はソリュウシャンが、死んだ人間はエントマが食べるから」
シズは表情を変えず言った。種族柄表情がないらしいが、その割に冗談としか思えないことをよく口走る。
「そっスねぇ。あの2人は、よく食べるっスからねぇ」
「……あなたたち、ほどではない」
「えっ? そうですか?」
まるで自分たちが大食らいのようだと、シクススとリュミエールは驚いた声をだした。フォアイルは口が塞がっているので声は出せなかったが、すぐに口の中のものを飲み込んだ。
「私たち、普通ですよ」
「ねぇ」
フォアイルと頷きあう。シクススも同意見なのだ。
「3人とも、今回の任務の意味、わかっているっスか?」
「人間の食べ物を食べ歩き?」
「グルメツアー?」
「美味しいものの情報収集?」
「……ナザリック内の食費の節約」
3人が思い思いに口にすると、最後にシズが言った。
「えっ? そうなんですか?」
「シズ、真面目に言っているのよ。茶化さないで」
突然ルブスレギナが真面目な顔をする。人格まで変わったのではないかと思われる変わりようだ。
「ごめん」
シズが謝った。これは、真面目に何かを言われる流れだ。シクススは居住まいを正し、同僚の二人もそれにならった。
「あなたたち3人の任務は、食べまくることよ」
「……へっ?」
「聞こえなかったの? 限界まで食べて食べて、スレイン法国を食糧難に追い込むことが目的なの」
「……い、いくら私たちでも……」
「……3人なら、できると思う」
シズが口を挟む。今度は真面目なようだ。
「大丈夫っスよぉ。こんな作戦、上手く行くってデミの旦那が本気で考えているはずないっス。本命は、この国の内部調査っスね。今のところ、男胸さんを洗脳した奴の手がかりがどこにもないってことで……帝国も王国も違って、あの時期にアインズ様の存在を感知できたのって、残るのは法国だけのはずっスから〜アサシンの技能を持つシズちゃんに、そのうちソウちゃんが合流して、本格的に内偵を進めるっス」
ルブスレギナは、突然態度を軟化させてシクススたちに笑顔を見せた。
シクススたちは豚の丸焼きを完食してしまったので、牛肉のステーキを10人前注文した。
「それで、ルプスレギナさんは何をするんですか?」
「んっ? あたしはなにもしないっスよ。神殿の勢力が強い国だから、信仰系マジックキャスターがいたほうが誤魔化し効くってことらしいっス。まあ、ソウちゃんがくるまで、神殿の掃除でもしている感じッスかねぇ〜」
「ルブスレギナ様がそんなことされなくても、私たちに言ってくだされば、いくらでもいたします」
フォアイルが腰を上げた。ルブスレギナは手を上げて制する。
「あたしも、メイドッスよぉ。掃除は得意ッス」
「散らかすのはもっと得意……」
シズの言葉に、ルプスレギナが舌を出した。
「自分の部屋が散らかしてあっても、それはノーカンッス」
「ですよねぇ〜」
一般メイドに、掃除が苦手などという者はいない。だが、自室がだらしないという者はいる。
この中では、リュミエールの部屋では色々な物がなくなるか、または出てくると評判だった。ルブスレギナに強く同意したのも、リュミエールだ。
世間話の程をとった情報交換を続け、気がつくと見知らぬ人間が頭を下げていた。
「……だれ?」
「厨房の責任者でございます。申し訳ありません。食材が品切れとなりました」
「ちっ……しょうがないッスねぇ~明日は、もっとしっかり用意するッスよ」
「あ、明日も……来られるんですか?」
ルズフレギナが尊大に対応した。不安そうな店主に向かい、シクススは言った。
「……だめ、ですか?」
「い、いえ。お客様ですから、大歓迎……とほほ」
「よかった。全然足りなかったもの」
フォアイルが本心から言った。シクススたちは、種族柄満腹になるということすらないのだ。
「明日も期待していますね」
リュミエールが言うと、店主は青い顔をだらしなく伸ばした。
「また、来る」
シズが立ち上がる。今日のところは打ち止めだ。
「外に屋台があったッス。買って行くッスか?」
「あっ、お願いします」
声を揃えた3人に、店主は目を丸くした。
※
宿をとり、両手に抱え込んだ屋台の焼肉を部屋で貪り、指を舐めていると、シズが立ち上がった。
「シズちゃん、どこに行くの?」
表情がない自動人形のシズだが、普通の所作ではないことぐらいは、シクススにもわかった。
「夜になった。仕事」
「気をつけて」
「うん」
シズが近寄り、シクススの頭を撫でてくれた。ルブスレギナは、退屈そうに欠伸を噛み殺して手を振っていた。
シズが闇夜に踊る。
シクススは、他の二人とともに、寝る支度を始めた。
※
シズ・デルタは闇夜に乗じて神殿の最奥に向かった。
シーフ、暗殺者といった職業を修めているシズにとっても、緊張を強いられる仕事だった。
絶対の主君であるアインズが、警戒して自らは戦いを仕掛けようとしないのがスレイン法国であり、その秘密が法国の最奥にあるだろうとデミウルゴスは判断している。
デミウルゴスの指示でシズが命を落とすことが決して無いようにとの厳命を受けていた。それが、シズの身を心配してのことではなく、デミウルゴス自身の保身のためであろうとも、シズにもその気持ちは十分にわかった。
スレイン法国の首都で最も立派な神殿風の建物に忍び込む。玄関からでは無い。壁を登り、たまたま開いていた4階の窓に忍び込む。
魔法を使わず、派手な物音も立てず、それができるからこそ、シズが選ばれたのだ。
いつかの夜のように、乙女の夢を実地で使う場面があるだろうか。
少しだけ、脈を打たない胸をときめかせながら、建物の内側に身を潜ませる。
魔法での防御に最大限注意を払い、いく種類かのスクロールを取り出しはしたが、シズの潜入に気づかれた様子はなかった。
自動人形であるシズは、探知されにくい。それも、シズが選ばれた理由でもある。
油断はできない。
闇の中で、シズはしばらく変化の兆しを待った。
周囲に人気はなく、物音もない。
一日の潜入で成果を求めるのは危険だ。あるいは、何日か潜入し続けてもいい。 シズには、それができる。
しばらくして、シズは動き出した。
シズ自身が気づかないだけで、すでに監視されているかもしれない。その時の対策はできている。
ゆっくりと動き出す。
反応はない。
人の声が聞こえた。
暗い通路の先に、光が漏れ出る場所がある。どうやら、扉から光が漏れ出ている。扉の先に、部屋があるようだ。
シズは光を観察した。
内側から光が出る隙間がある。
シズは、自分の右耳に手を当てた。
カチリという微かな音とともに、シズの右耳が外れる。
「合体分離は乙女の夢……」
口の動きだけでつぶやきながら、シズは耳を壁に押し当てる。
すると、まるで昆虫のように、シズの耳が自走し始めた。
壁を垂直に移動するあたりは、黒いある虫を思わせる動きだ。
シズの耳は順調に光が漏れ出る部屋にたどり着く。
部屋の内側に入ろうとした壁際で、シズは耳の動きを止めた。声が聞こえてきたのだ。
「僕をどうするつもりなんです? 帰してください。僕なんか、人質にはなりませんよ」
聞いたことがない声だ。スレイン法国が誰かを人質にとったのだろうか。宗教国家としては、考えにくい行動だ。
あるいは、シズが安安と深部にまで侵入できていることから考えて、この建物を犯罪者が利用しているのかもしれない。
「君のことは調べてある。ンフィーレア君……エ・ランテルの高名な薬師の孫であり、自身も第3位階のマジックキャスターだ。覇王エンリの恋人……だったかね?」
相手の男の声もわからない。だが、捕まっているらしい男のことはわかった。シズはンフィーレアにも、さらにエンリにすら会ったことはなかった。
だが、情報としては聞いている。
救出することは可能かもしれない。
だが、シズは動かなかった。
仮にンフィーレアが殺されたとしても、シズは動かないだろう。ナザリックに属さない者の末路など、シズが知ったことではない。シズに求められるのはただ、生きて帰り、事実を報告することのみなのだ。
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