第24話 もう一度3人で話を
キャバレー・ミランダ控室。
ひと息入れているティアリカの元に同僚のバニーガールたちがやってきて。
「ねぇ最近彼とはどうなの?」
「ゲオルとですか? どうと言われましても……」
「え~、デートとかしたんでしょ?」
「で、で、デート……う、う~ん、まぁ一応は、そうなるのですかねぇ」
「なによ煮え切らないわねぇ~。長い付き合いなんでしょ? 知ってるわよ。戦いになると息ピッタリって」
「酒の聖女様」
「も、もう! からかわないでください!」
「でもさ~、昨日来た女の子? あれはどうだったの? あの人も知り合いだったんでしょ」
「あの人は……はい、大事な仲間ですよ。今でも。ちょっと暴走しがちですが、悪い人ではないんです」
「情熱的でいいじゃない。接客すれば案外お金おとしてくれるかもよ」
「彼女にそういうのはダメです」
「そう言えば昨日応接室でめっちゃ怒鳴ってたけど、大丈夫?」
「あ~……」
そんなとき、ゲオルがティアリカに話があるとやってきた。
ボーイ伝手にそれを聞いて、彼女は応接室へと向かう。
「……なんか、その格好で応接室っての見慣れちまったな」
「私もなんだか変な気分」
「ま、俺としては眼福でいいけどな。またVIP席でふたりで飲みたい気分だ」
「その場合はキチンと料金をお支払いいただいた上でおこし下さい」
「言いやがる……」
「……与太話をしに来たのではないのでしょう?」
「あぁ、エジリと会って話してきた。アイツ相当キてるな」
ゲオルは今朝のことを話した。
ティアリカはソファーにもたれ込むように天井を見上げてから深呼吸する。
表情は曇るも涙はない。
ただ少し寂しそうであり、悲しそうでもあった。
「お前、エジリに着いていきたいか?」
「彼女の案に乗って……もう一度聖女として輝けと?」
「真実の魔王討伐譚のおまけつき。上手くいけばスポンサーもつくだろうぜ」
ティアリカは姿勢を戻し力なく微笑む。
「大事な過去って眩しいばっかり。そのせいでこんなにも人を狂わせてしまうんですね」
「……この街で頑張ろうって思ってる俺たちがおかしいのかもしれねぇぜ?」
「ふふふ、確かにそうかも。……もう一度、彼女と話せませんか?」
「多分向こうから来るだろ。支配人には悪いが、来たら応接室にお通しするしかねぇな」
「そう、ですね」
案の定エジリはやってきた。
この会話の数分後だった。
事前にゲオルたちから聞かされていたため、応接室への誘導は手早く行われる。
また店内で騒がれるのは厄介だ。
「おぉティアリカ様。バニーガールの衣装よりもその格好のほうがずっといい!」
「おーい、俺もいるんだけど?」
着替えたティアリカにキラキラと輝く瞳、ゲオルにはナイフのように鋭い瞳。
それぞれ使い分けながら、応接室に3人。
「お酒なにか飲みますか? 私の奢りです」
「お、奢り!? そんな聖女様直々に恐れ多い! ……おいゲオル、貴様もお止めしないか!!」
「いや、俺も奢りで飲んだことあるし」
「殺す」
「やめなさい! ここで荒事を繰り出すというのであれば、もう口を利きません!」
一瞬にして黙るエジリに肩をすくめるゲオル。
その傍らでグラスに氷を入れて酒を注ぐティアリカ。
「ロゼワインが好きなのは知っていましたが、生憎赤と白しかなくて……。代わりにこれで我慢していただあけましたら……」
「いえ、聖女様のご厚意、感謝の言葉もございません」
「そうかたくならないで。さぁゲオルも」
「おい……ティアリカ様からの賜り酒だ。わかっているだろうな?」
「いつもどおり、飲む」
「罰当たりめ……」
「さぁ乾杯しましょう」
始まりは静かに。
無言のお陰で酒の風味と薫りを舌の上でよく楽しめた。
「……おいしい」
「よかった口に合って。昔の私なら、こんな風にお酒を入れることなんてなかったでしょうから」
「ティアリカ様……」
「ゲオルから話は聞きました」
「じゃあ……」
「申し訳ありませんが私はこの街を離れる気はありません」
グラスを置いたあと、ティアリカは毅然と答えた。
瞳孔の収縮した目で彼女を見るエジリはカタカタと震えている。
「なぜ、ですか……アナタは、聖女としての才能も素養もすべてそろってる。……なのにッ、なぜッッ!」
一気に羅刹が如き顔になるも、ティアリカは動じずに続けた。
「アナタの想像している通り、ここまでくるのに辛い思いをずっとしてきました。屈辱的な思いもしました。でもその険しい道のりがこの街まで私を誘ってくれたのです。誰もが必死になって生きているこの街に」
「やめてください……」
「壊れた心の中大勢の人々に支えられ、やっと気づいたんです。『生きる』とは清濁や善悪で割り切れるものではないと。どれだけ這いずっても、何度泥水をすすっても、それでも生きることをやめない。たくさんの辛い現実を過去の思い出にしまうことになるとしても、私は胸を張ってこれからも生きていたい」
「やめろッッッ!!」
息を荒げたエジリが勢いよく立ち上がる。
真っ直ぐにエジリを見据えるティアリカに対し、エジリは真っ直ぐ彼女をとらえられないでいた。
「一体、一体どうして、そんな、世俗にまみれた考えをッ! アナタはもっと崇高な思想のもと、世界を正しきに導く役目があったはず!」
「もう私は聖女ではありません」
「役目から逃げるなッッッ!! 私がどんな思いで……どんな気持ちでここへ来たか……」
「その結果が、偽の勇者一行を殺すことですか」
「そうです……アイツらは、我々の旅を、あの日々を穢したんです……だから」
「なんと、愚かなことを……」
「あ、あ、アナタ、まで……」
次の瞬間、エジリの見開いた目がゲオルに向けられる。
「お前だな……?」
「なに?」
「お前がティアリカ様を洗脳したんだな? そうなんだろ? 自分の手元に置いておきたいから卑劣なことを……」
「そっち方面でぶっ飛ぶのは予想できなかったな」
「洗脳じゃなかったらなんなんだッ! お前のせいでティアリカ様がこの街に縛り付けられているんじゃないのか!? お前さえ、お前さえいなければ」
しかし言葉を遮るようにティアリカがエジリの頬をひっぱたいた。
これにはゲオルも呆気にとられ、エジリの罵声はピタリとやんだ。
「……頭を冷やしなさい。彼への侮辱は許しません」
「ゲオルの侮辱は許さなくて……私へのビンタはいいのか……? それがアナタの答えだと?」
「アナタの顔を久々に見れたのはよかった。でもこれまでです。故郷に帰りなさい」
「私にとっての、帰る場所は……」
そう言い澱んで、エジリはフラフラと店を出て行った。
「いいのか?」
「……」
「言いすぎたかって顔だな。でも俺はお前を支持する。……過去は戻らねぇ。いつまでも零れたコップの水を眺めてるわけにはいかない。俺もお前も、アイツも」
「そう、ですね」
「話せばわかるって? 見ただろ。あれはもうそれが通じない手合いになっちまった。偉い人は言ったぞ? 愛せないなら通り過ぎよってな」
ゲオルも店を去ろうとしたとき、ボーイが大慌てで入ってくる。
「た、大変ですふたりとも! ユリアスさんが……」
「どうした?」
「あの、ティアリカさんに付きまとってるって噂を聞いて、その、ユリアスさんがお仲間を追っかけていったみたいで」
「な!?」
「ティアリカ、お前はここにいろ。俺が話つける」
「でも!」
「仕事まだあるんだろ? 支配人にも俺が話す」
ユリアスが動くのは予想外、否、薄々感じ取っていた可能性のひとつだった。
最悪の事態にならないよう祈りながら、ゲオルは夜の街を駆け抜ける。
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